熱帯夜-1
熱帯夜とは、屋外の最低気温が摂氏25度以下に下がらない夜を言うそうだ。
「あっつ…」
口を開けばこの言葉。
サウナの中で暮らしてるみたい。
二階の自室は西日がガンガンに入る。
その西日に温められた部屋は、仕事から帰ったあたしの気分を大いに憂鬱にさせるんだ。
職場のが涼しくて快適。
うちの中は蒸し暑いし、エアコン付けっ放しにしたら親に怒られるし…、ていうか電気代払ってんだからいいじゃん。
かと言って窓を開ければ、若い娘の部屋を開けっ放しにするのは物騒だとか言い出す。
の割に、お前ももういい歳なんだからとか言ってきたり。どっちだよ!
眠いのに暑くて寝られない。
明日も仕事。
寝なきゃ。
暑い。
でも寝なきゃ。
でも暑い。
暑い。
暑い。
暑い。
暑い暑い暑い暑い―――――
「暑い!!!!!!!」
叫んで飛び起きて、その勢いのままベッドのすぐ横のカーテンを開けると、涼しい空気を求めて窓を全開にした。
「………あっつ」
むわっとしたイヤラシイ空気に纏わり付かれて不快指数は倍増する。
そりゃそうか。
窓の外が一面野原ならともかく、わずか数センチの隙間を隔ててすぐ真横に隣の家が建ってるのだから、そこに爽やかな涼風など存在するわけがない。
そう思うと無性に隣家が憎らしくなって、目の前の窓を睨みつけて
「ひ…っ」
その光景に、引いた。
目の前の窓、つまり隣の家の真横の部屋。その窓は網戸になっていて、それを突き破りそうな勢いで片足だけが窓の桟にでんと乗せられていた。
一瞬足だけが夜の闇に浮き上がってるように見えたのだ。
「あ、動いた…」
たまにつま先がピクリと動くのを見て、生きている人間のモノだと分かって一先ずほっとした。
要はお隣りさんも暑くて身体の一部でもいいから涼を求めてるってわけね。
分かる分かる。
いくらなんでもこの暑さは…
ん???
失礼を承知でその足をじっと見た。
誰の足?
隣の家は10年くらい前に建てられた建売住宅で、住民もすぐに引っ越してきた。
おじさんとおばさんと小学生の兄弟の4人家族でうちに挨拶に来たっけ。まぁその時点であたしは高校生だったから、隣だからって積極的にその家族と絡むことはなかったけど。
でも母親同士はよく立ち話したり互いの家に行き来してる。この間うちの母親が、お隣のご主人は単身赴任だと、あたしにいらん報告までしてきたし。
お隣りのご主人が単身赴任。てことは、現在隣の家に大人の男性はいない。
なのにこの足はどう見てもオッサンの足だ。
ゴツゴツしてるし臭そうだし、暗闇に目が慣れてきたせいでスネ毛までバッチリ見えるし――…