熱帯夜-5
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「秀君?入るよ?」
「ん―…」
隣のカーテンが閉まったのを確認してから返事をした。
入ってきたその人は大きなあくびを一つして、俺に起こされたと言わんばかりの不機嫌な表情を見せる。
「あんたねぇ、夜中に大きな音でテレビ見ないの。窓開いてるんだから…」
「は〜い」
「早く寝なさいよ」
「分かってるって」
「明日お母さん早いんだから」
「んー」
口うるさく言って自分の部屋に戻っていくのは、正真正銘俺の母親。
愛人のわけがない。
「あ――――…」
声と共にベッドに倒れ込んだ。
暑くて寝苦しくてイライラしていたとは言え、史上最低のしょうもない嘘をついてしまった…
だってまさか信じるとは思わなかったんだよ。
普通に考えたら愛人を家に住まわすわけないじゃん。うちの母ちゃんがそんな非常識人間に見えるのか?
大体うちの家族構成、小学生の息子がいるっつってたけどさ、それ引っ越してきた当初の話しだし!
あれから10年たってんだからそれなりに成長してるに決まってんだろ!
「…何で気付かんかなぁ」
チラッと隣の家の窓を見た。
閉められた窓もカーテンもピクリとも動かない。
引っ越してきて10年。
家族で隣の家に挨拶をしに行った時、あの人は高校生だった。
いくら隣に住んでるとは言え、年が離れてて生活リズムが違いすぎるから顔を合わせたことは今までほとんどない。まともに会話をしたのも今日が初めてだ。
あの人の中で俺と恐らく弟も10年前の子供のまんまなんだろう。
だからこそのあの発言だ。
「あっつ…」
呟いて、もう一度隣の家の窓を見た。
相変わらず微動だにしない。
「ふん、」
それが妙に寂しく感じて、寝返りを理由に背中を向ける。
自宅に愛人を住まわせるなんてアホな嘘、どうせすぐにばれるだろ。
今は暑さのせいで判断力が低下してるだけだ。一晩寝て起きて、エアコンがガンガンかかった部屋に行けば頭も冴え渡るだろ。
そう、暑さのせい――…
『辛い恋をしてるのね』
そう言ったまっすぐな瞳が忘れられない。
恋か。
恋ねぇ…
「…」
違う、これは暑さのせいだ。
変な汗も動悸も身体のほてりも全部暑いから。
他に理由はない。
「…あの人、名前何てったっけ」
そんな独り言も全部この暑さのせいにした。
しょうもない嘘をついたのも熱帯夜のせい、隣のお姉さんと話ができたのも…
「…」
それは¨熱帯夜のおかげ¨と言うべきなのかもしれない――…
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