完・嘆息の時-1
芝生の上に腰を下ろし、青々とした空をまばゆそうに見つめる柳原。
「おおっ、あの雲……なんだか美味そうな形してるなあ〜」
青空に溶け込むようにして浮かんでいる淡い雲に、おもわず顔をニンマリと緩ませる。
この千切れ雲を全部かき集めれば、カレンがびっくりするような大きな大きな綿菓子を作ってやれるぞ―――などと非現実的なことを思いながら、柳原は先の方で無邪気に遊んでいる我が子へと顔を向けた。
『啓ちゃん、本当にいいの?』
『ああ』
『じゃあ、できるだけ早く帰ってくるね』
『帰りの時間なんて気にしなくていいよ。それより、自分の気持ちをキチンと整理してきて欲しい。そうじゃなければ意味がないし』
『……整理?』
『俺は……俺はお前のことを信じてる』
『あの……私、いまいち啓ちゃんの言っていることが理解できていないかも? まっ、いいや。ところでさ、今日はどこへカレンを連れていくの?』
『うん、いつもの公園でゆったりやるつもり。啓一特製の弁当も作ったしね』
『ああ、あそこね、分かった。私も早く帰れたら行くね』
そう言い妻を見送ったのは、今朝のことだった。
「はああ……それにしても、木や草の匂いってこんなにも人に安心感を与えるんだな〜」
こんな初夏の清々しい空の下にいれば、心の重石になっているモノなんてついつい忘れてしまいそうになる。
柳原は、愛しい我が子に優しく笑んでからドサッと芝生の上に背を落とした。
そして、空を見ながら妻の心情を少しだけ考えてみた。
結婚したのは五年前、大恋愛のすえのことだった。
で、カレンが生まれたのはその二年後だ。
エリアマネージャーへと昇進していた柳原には出張がつきまとい、家を空けることもしばしばあったが、それでも世間並み以上に夫として、父親として家庭を守り、家族を心から愛してきた。
もちろん今も愛している。
公私共に、すべてが順風満帆だった。
交際歴も含め、結婚してからの五年間も何ら不安や不満などなく、ただただ幸せだった。
そんな中、先月あたりにふと気になることが柳原の心へと湧いた。
妻の表情が、笑顔が微妙におかしい。
それは、柳原以外には誰も感じとることの出来ない僅かな変化だった。
浮気している―――?
いや、それはないだろう。もし浮気してるんだったら、必ず生活のリズムにも変化が生じてくるはずだ。
しかし……じゃあ、浮気じゃないとしたら何だ?
もしかして、浮気まではいかないが、一人の男性として意識してしまうような存在が出来ちゃったとか―――?
その後も微妙な変化を持ち続ける妻に、柳原の疑心は徐々に確信へと変わっていった。
それは、一人の女だけをじっくりと見続けてきた柳原でしか持てない確信だった。