完・嘆息の時-20
「啓ちゃん、何か大きな勘違いしてるでしょ?」
「えっ、勘違い……?」
「まったく、優子が変なこと言うから……もう」
腕を組み、愛璃があきれたような表情で柳原を睨む。
「あ、あの……優子さんと何かしゃべったの?」
こっそり電話したことがバレたのかと思い、柳原の挙動はいっそうおかしくなった。
「今日はその優子と買い物行ってたの。啓ちゃん、私が浮気してるんじゃないかって疑ってたでしょ?」
柳原はパッと眼を見開いた。
心臓がドキドキと高鳴りながら大きく膨らんだ。
妻の艶やかな垂れ眼が悪戯な眼つきに変わっている―――これは、心の内から何もかもを見透かしたぞ、という妻が発するシグナルだった。
「い、い、いや、だってさ、同窓会あたりから何かママの様子がおかしかったっていうか……あの……その……いつもとちょっとだけ違って見えてたから」
「しょうがないな〜、啓ちゃんの誕生日まで内緒にしとこうと思ったんだけどなぁ……」
「えっ、えっ、なに?」
妻の意味深な言葉に柳原は慌てた。
やはりあれは正夢だったのか―――この場に及んでもまだその不安を残していた。
「カレンちゃん、あのね」
「なあに?」
「カレンちゃんさ、弟か妹が欲しいって言ってたでしょう?」
「うんっ、欲しい〜!」
「まだ男の子か女の子か分からないけど、来年になったら出来るよ」
「えっ、ええええ―――っ!」
「うるさい、パパっ! ほんとう、ママ〜」
「うん、本当」
「わーい、わーい、やった〜!」
はしゃぐ我が子の隣で、半ば放心状態の柳原。
「先月ね、どうも身体の調子がおかしかったんで産婦人科に行ったの。そしたらオメデタですって言われちゃった」
片手でVサインを作り、それを何度も夫に突きつけながらペロッと舌を愛璃。
それを見てケラケラと笑う娘。
柳原は、こんな素晴らしい妻を疑ってしまった自分に腹が立った。
情けなくなった。
そして、とても泣きたい気分になった。
「なあに、そんな悲しそうな顔しちゃって。嬉しくないの?」
愛璃が眉間に皺を刻みながら凄む。
「いや、とんでもない! 嬉しいよっ! 嬉しくて嬉しくて、あまりにも嬉しくてさ……なんで俺はこんなに幸せ者なんだろうと思って……そう思ったらさ、なんだか泣きそうになっちゃった。えへへ」
引き攣り笑いを浮かべる柳原の隣に、愛璃がにっこりと笑みながら腰を下ろす。
その柔らかな表情は、幸せなのはアナタだけじゃないのよ、そう言っているようだった。
「来年になったらもう一人家族が増えるんだから、これまで以上にしっかりとお仕事頑張ってね、パアパ!」
そう言い、愛璃がバシッと柳原の背中をはたく。
それを見た生娘が、またもやゲラゲラと楽しそうに笑った。