長い夜 四-2
「遼子さん・・・・遼子さん!」
すれ違い際で名前を呼ばれているのに気が付いた。
声のほうへ目をやると見覚えのあるようなないような・・。
誰だっけ?私のこと呼んでた?
半ばそれも大して気に留めることもなく人の流れに任せたまま
振り向こうとも思わずに足を進めていた。
ぞろぞろと流れについていくのも面倒になり
横道にそれたとたん、大きな物体にぶつかった。
「やっと追いついた!遼子さん、やっぱり遼子さんだ!」
ぶつかったと思ったその物体は、体当たりのように人ごみから飛び出して遼子を捕まえたのだった。
「え・・・あ・・ああー、居酒屋さんのバイトの・・・!」
反対方向で遼子を見かけて引き返し追いかけてきたその若者は
肩で息をしながら、そうそう!と思い出してもらえたことに感動しながら
「結城 真人です。」と右手をすばやく差し出した。
え?と一瞬身を引きながら、それは握手を求めているのだと理解すると
それでも変な気分で一応そっと手を伸ばしてみた。
遼子の手をすかさずしっかりと握り締めて、大げさに上下し
「嬉しいです。こんなところで逢えたなんて」
と満面の笑みを讃えていた。
遼子はあっけにとられっぱなしだ。
遼子の手をぶんぶんと上下している真人はキョトンとした表情に気づくと、パッと手を離した。
「す、すみません! 俺、なんかコーフンしちゃって・・・!驚かせてますよね かなり・・・。」
すらりと伸びた体は華奢に見えたが、薄い地のシャツを捲りあげてみせる腕は逞しく、居酒屋バイトの割烹着的な雰囲気とは違って
はだけたシャツにイヤミなく似合うペンダント、ジーンズにガッチリとしたベルトの
バックルが、今時の若者のセンスもうかがわせた。
そんな若者が、焦りの紅潮を見せてまぶしく笑っていた。
「うん、びっくりした」遼子も素直に笑い返した。
「あの・・・いまさら・・ですけど お一人ですよね 今」
周りを見渡して、真人は聞いた。
「残念ながら・・そうなの」
遼子はいい年をして女ひとりだと自虐的なジョークのつもりで言いながら、苦笑いをしてみせた。
「もし、よかったら・・いや、ぜひ!ちょっと付き合ってください」
どういうことか?と遼子が首をかしげると
「お腹、空いてませんか?俺、美味い店しってるんです。
安くて美味いランチがあるんです」
そういわれて時計を見ると一時を少し過ぎていた。
ダラダラと起きてから出かけて、コーヒー一杯も飲んでないことを思い出した。