〈価値観〉-22
「やめ…やめてぇ!!し、修二さん……助け……?ん"あ"ぁ"ぁ"!!!!」
修二は、富代の頭部を左腕で抱えるように押さえ付け、その逃れようの無い顔面に、熱蝋を垂らした。
「あ"う"ぅ"!!!顔が……焼けるぅ!!!」
修二の精神は、女性の〈命〉である顔を嬲る事にすら、なんら抵抗を感じないまでになっていた。
『顔がムカつくんだよ……謝れ……俺に心の底から謝れ……そしたら許してやる……アハハ……』
完全に壊れた表情で、富代の顔面を、熱蝋で埋め尽くしていった。もしも、眼球に熱蝋が付着したなら、それは失明の危険すらある……必死に閉じた瞼に熱い痛みを感じるごとに、富代の、修二への思いは恐怖一色に染まっていった。
「ひ…ひぃ!!……ゆる、許して!!お願い許してぇ!!!」
富代は、修二に対しての、今までの行いを悔いた……他のクラスメートと同じく、蔑み、無視し、罵倒した日々を……さっきまでとは違う、心の底からの哀願を、修二に繰り返した。
『オマエの彼氏がよ、修二君の女神的な存在の女性を、メチャクチャにして棄てたんだよ……』
『その女性をオマエら二人して、陰でバカにしてたんだろ?修二君の心の痛みも知らないで……酷い奴らだな、あ?』
修二も男達も、残り僅かな蝋燭を床に投げ捨て、富代に詰め寄った。
富代にすれば、男達の言葉は、身に覚えのない事であった。
孝太郎は、女性に乱暴をするような男性ではない。ましてや女性の陰口など叩いた事もない。
……記憶の片隅に、一人の女性が浮かんだ。孝太郎が中学校の時、付き合っていた彼女の事だ。
デートしていた時、その女性を、一度だけ見掛けた事があった。
整った顔立ちではあったが、女神と呼ぶ程の美形ではなかったし、孝太郎も、特別な反応を示さなかった。
『高校違ったからさ、自然消滅したんだよな』
事もなげに、孝太郎は話していた。
確かに、学校が違った事で、自然消滅する恋愛など珍しくもないだろう。
それを、棄てただのメチャクチャにしただの言うのは、どう考えてもおかしな事だ。
ましてや、孝太郎とその女性との恋愛は、修二には全く関係無い話である。
修二の身勝手な思い込みが、この凶行の発端であり、自分は濡れ衣を着せられ、巻き込まれただけだと気付いた。
「し、修二さん……その人とコータは、高校が離れたから別れたのよ……?誰も悪くないの……」
冷えて固まった蝋燭に顔面を覆われ、表情すら分からない顔ではあったが、その震えた声と、言葉を慎重に選ぶ態度から、怯えているのだけは分かった。