【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-3
「私は、アラン・ルウェレン――旅をしてる。ここから逃げたいんだな?」アランが聞くと、彼女は用心深げにうなずいた。
「行く当ては?」そう言うと、初めて彼女の顔に笑みらしき歪みが浮かんだ。
「ここ以外なら、どこだって構わないわ」
アランはうなずいて、彼女に手を差し出した。日に焼けたアランの手の中で、スプリングの指はか細く、月光のように青白かった。
「フードをかぶって。私も今からこの街を出る。一緒に行こう」アランに計画という計画がないのを見通したのか、彼女はなおも不安を隠せない様子だった。
「森の近くに私の家があるの――そこまでいけば、馬と食料があるわ。そしたら、ベリントンに行ってみる――叔母がいるの」
「それで、子供は?」
アランが聞くと、彼女は途端に身を固くした。「子供?」
「ええと、その――」アランは、まずい質問をしたらしいことに気づいたが、その理由はわからなかった。「生まれた子供、どこかに預けているんじゃないのか?」女は正気か?とばかりに一瞬言葉を失った。
「そんなわけないでしょう!あんな汚らわしいもの――生まれてすぐに、炉の火で燃やしたわ。悪魔の手に戻してやったのよ」女は吐き捨てるように言った。それから、人目を引いてしまうほどの声で滔々とまくし立てた。
「あんなもの――あんなもの!兄さんを殺した山賊は、その場であたしを奪った――その時に身ごもったんだわ。あの山賊は悪魔だったのよ、人の皮を被った悪魔!」血の気のない顔は今や赤らみ、怒りに髪の毛が逆立っていた。「やつらは見せしめだと言った――兄さんを殺した時。それから、言ったのよ――自分でそう言ったの。『俺たちは悪魔だ』ってね。『ディワウルはいつでもお前らの側にいる――火柱の向こうで復讐の時を待ってる』、そう言った。汚らわしい悪魔の言葉!でも、頭からずっと離れなかった!」彼女はそう言って、ぼろぼろと涙を流し始めた。アランは呆然としながらも、彼女の震える肩を抱きしめて慰めようとする気力だけは残っていた。
ディワウル――エレンの言葉で『悪魔』の意味だ。自らそれを名乗る者がいるとは。しかし、その事について深く考えている余裕はなかった。誰かがこちらに向かって歩いてくる足音がした。
「おい!」呼び止められても、アランはすぐには振り返らなかった。彼女は腰巾着から硬貨を二、三枚取り出し、女の手に押しつけて彼女を別の路地に押し出した。たった今裏路地で、売春婦相手に情事にふけっていたが、最後の最後で邪魔が入ったかのように。怯えきって恐怖に目を見開く少女は、半ば強引に、アランの視界から消えた。それからアランは悠然と振り返った。標的になる準備はできていたと言わんばかりに。
「何か?」
慇懃に答えて見やると、相手は――思った通り――2人の審問官だった。不満そうに鼻をゆがめている。こんな薄汚い裏路地にいるのは全く自分たちの本意じゃないということだろう。体型も、背の高さもよく似ていた。似ていないのは顔だけで、後ろ姿だけ見れば、双子でも通りそうだ。内心の興奮をかくして、アランはゆったりと構えた。なんだ?この私に、文句をつけようというならつけてみろ。2人は不安そうに顔を見交わした。
「失礼、このあたりで狐目の男か、逃げた囚人を見なかっただろうか?」裏路地にいるような奴に、失礼と前置きするのが適当かどうか、彼は一瞬悩んだようだった。しかし、これでアランは確信した。一年前、巨獣を連れて王の軍隊から脱走した無名の兵士の顔は、もう皆の記憶から忘れられてしまったと言うことを。