【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-15
見世物小屋の明かりはとっくに落ちていた。
白いテントは、月明かりに照らされて、夜空に浮かぶ雲のようにぼんやりと浮かび上がっている。広場には、大小様々なテントが並んでいる。それぞれのテントの表には、「2つの顔を持つ犬」やら、「二股蛇」といった色鮮やかな――そして不気味な――絵が描かれた看板が掲げられていた。テントの群れに近づくと、奥の方に大きなテントが2つあるのが見えた。まだ明かりがともっていたし、人の声も聞こえてくる。あれは、興行主一味が寝泊まりしているテントだろう。アランは、息をするのにも気を遣いながら、看板を一つずつ調べていった。中にいるものをいたずらに起こしたくはなかったのでのぞき見はしなかった。しかし「骨なし人間」や「灯台男」といった看板には興味を引かれた。灯台男?とてつもなくでかいのか、それとも、灯台のように頭が光っているのだろうか?
その時、アランはある看板を目にして、思わず声を上げそうになってしまった。
「悪魔の化身」と書かれた文字の下に、獣の姿をいた人間が描かれている。酒場で聞いた化け物とは、西ノ海の怪物のことではない。
「シーだ!」アランはつぶやいて、もう一度あたりを見回した。誰かがやってくる気配はない。アランは、中にいる者をおびえさせないように、素早く、ゆっくりとテントの中に入った。
テントの中は、ひどい有様だった。中に何があるのかは暗くて見えなかったが、鼻をつく、排泄物やすえた汗の臭いが充満している。おそるおそる足を進めると、小さな息づかいが聞こえてきた。規則正しい――眠っているのだろうか。それにしては、呼吸が浅くて早い。今にも死にかけているかのようだ。目が慣れてくると、下手の真ん中に、寝台ほどの大きさの檻が見えた。高さはアランの顎の下までしかない。檻の中に、小さな生き物がうずくまっている。そっと近づく――ああ、なんと。まだほんの子供だ!ハーディーよりも若いだろうか?そう思った瞬間心臓が飛び跳ねた。こんな所にいてはいけない。今すぐに助け出さなくては。檻の扉を開かないようにしているのは綱だけだ。固く結んであるが、アランの持っている剣なら簡単に切れる。アランは、檻のすぐ外に膝をつき、中にいる小さな影に手を伸ばしてそっと揺り起こした。
「助けに来たよ。私と一緒に、ここから逃げよう」
すると、小さな影はがばっと体を起こした。今まで寝ていたとは思えない敏捷な動きで、彼女――身に纏った襤褸の隙間から、膨らみかけた胸が見えた――はアランの姿を捉え、かっと目を見開いて絶叫した。金属を擦りあわせるような、常軌を逸した叫び声だ。
「静かに――頼むから!助けに来たんだってば――いてっ!」アランは慌てて少女の口をふさごうとしたが、手を噛まれて慌てて引っ込めた。暗闇の中で、緑色の猫の目がぎらぎらと光る。猫氏族の少女は、正気を失っていた。アランがこの街に来るずっと前から。
「何だ!?」遠くで、この騒ぎを聞きつけた男達の声が聞こえた。少女は相変わらす、途切れることなく叫び続けている。まるで、明日死ぬ人間の目の前に立つバンシーのように。ここでぐずぐずしていたら、確かに命の保証はない。
「くそっ!」アランは慌ててテントを抜け出し、脱兎の如く駆けだした。