【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-13
「見世物小屋ってなに?」アラスデアが小さな声でレナードに訪ねる声が聞こえた。この馬車のおかげで、アラスデアも街の中に入る事が出来るのだ。興奮を抑えきれないといった声に、アランは我知らず微笑んだ。
「体を使った芸をやったり、珍しいものを見せたり、まあ、いろいろだな」しかし、答えたレナードの声は何故か暗かった。
「後で見てきてやるよ、アル」アランが小さな声で言った。「敵情視察だ、どうだ、レナード?」見世物小屋は初めてなので、実を言うとかなり興味があった。
「やめとけ」しかし、レナードはいつになく慎重だった。「後悔するぞ」
晩鐘が鳴り響き、通りに連なる宿付き酒場の軒先に明かりがともされた。そのほかの店は店じまいを始め、通りには帰途につく人があふれ出した。のんびりと馬車を駆りながら、なるべく奥まった場所にある宿屋を探す。部屋の窓からアラスデアやレナードが出入りしても目立たない場所に寝泊まりしなくてはならない。ついでに、広い酒場がついていれば、そこで劇をやったり歌を歌って旅賃を稼ぐことも出来る。
その日アランが選んだのは、手頃な広さの宿だった。ちょうど2人と1匹が寝られそうな大きさの部屋も借りることが出来た。おまけに、厩のある裏庭に面した窓までついている。部屋に荷物を運んだ後で、今夜酒場で興行させてもらえるか聞いたところ、快諾してくれた。
「劇よりゃあ歌の方がありがたいね。あの舞台を運び込んじまうと場所が無くなっちまいそうで」
「分かりました」アランは答えたが、内心では不安だった。劇をやる時は何とかレナードと2人で出来たのだが、歌となると、レナードは助けにならない。ウィリアムと一緒に、鋳掛け屋のテレル親方に沢山の歌を習ったが、こう言った場所で披露するのは初めてのことだった。歌については少しばかり経験があるとレナードに告げると、からかい混じりの表情で手を叩いた。
「じゃ、俺はこの部屋でエールを片手に傾聴させてもらおうかね」彼は早くもベッドの上に陣取って、両腕を枕に寝そべった。
「ふざけてる場合じゃないんだ、レナード」アランには怒る気力もなかった。「どういう歌を歌ったらいいのやら、さっぱりだ」窓の外では、もう日が暮れた。下がにわかに騒がしくなって来て、酒と賑わいを求めて、早くも最初の客がやってきたことを知らせた。
「最初は下世話な歌がいいぞ」
「下世話?」
「何でもいいのさ。女の事を歌った歌とか、女とのナニを歌った歌とか。それか戦歌か」アランは頭の中を漁ってみた。幾つか知っているものもある。姉のジュリアンに怒られながらも、若い2人に下世話な歌を教えてくれたテレルに感謝だ。
「初めのうちは賑やかな歌だ。客が一緒に歌えるように。それから、バラッド」アランはうなずいた。
「お足の量は、どれくらいバラッドが上手く歌えるかにかかってるぞ」レナードは「バラッド」を「蜂蜜」と言う時みたいに発音した。緊張の面持ちで立ち上がったアランに、レナードはさらに声を掛けた。
「焦るなよ、坊や。一番盛り上がって、誰かが歌がほしいと言い出すまで待つんだ。それと」
「それと?」
「出て行く前に、何杯かエールを持ってきておいてくれよ」アランは、レナードに向かって脱いだマントを放り投げて部屋を出た。