【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-11
帰属意識は同時に、束縛にもなりうる。自らをクラナドと呼ぶと言うことは、何処にいようとも、エレンの民と運命を共にすると言うことだ。それを絆と抱きしめることもできる。束縛と疎むこともできる。しかし、今の彼女には、そんなことまでは決められなかった。
「これから何処へ?」
「さあね」レナードは、御者席にもたれ、気持ちよさそうに伸びをした。「王都のあたりにまでいってみようかなと思ってはいるが……」
「じゃあ、テネンナムは?」
「しばらくあの街には戻らないさ。どうやら、面倒な奴に目をつけられちまった――どうやら次はなさそうだ」
「でも、異端裁判はまだ……」アランが口ごもる。
「俺は可哀想な人間を救うためにあんなことをしてるわけじゃあない」
「なら、何で?」アランは困惑した。今まで、完璧な英雄に見えていたのが、不意に警戒すべき人物に見え始める。
「さあ、何のためかな?」レナードは皮肉っぽく口の端をゆがめた。「とにかく、人間にとっちゃ、目の前で踊ってるのを見るのと、踊りのパートナーになるのは別の問題なのさ」そこで彼はアランを見た。横目でちらりと、それから、上から下までじっくりと。
「な、何か?」
「君は、ちょっと変わった臭いがする」そして笑った。「何者なんだ、坊や?」
「えっ」いきなりの質問に、アランは答えに窮した。「旅をしてるだけさ。ちょっと世界を見て回ろうと思って」
「ふーん」どう見ても、レナードは納得しては居ない。「俺もついて行って良いかね」
「あんたも一緒に?」何でわざわざ、と聞きそうになったが、抑えた。
ユータルスの現状を確かめないことには、どこにも行けない。彼女は、横目でレナードを盗み見た。アラスデアとの2人旅は、気楽だが欠点もある。人間社会での振る舞い方や、最近の噂を仕入れたり、金を稼ぐ事が出来ないのだ。何しろ、アランは僻地で生まれ育ち、最近は森での生活にすっかりなれてしまっている。アラスデアも同様に、街での生活や巷の情報については頼りにならない。処世に疎い2人組だから、レナードのように世慣れたものが居ると心強い。
荒涼たる、岩だらけの一本道をこちらにやってくる風に、収穫を待つ麦の穂色の毛が揺れている。遠くを見つめる彼の瞳は、またしても思慮の海に沈んでいた。底知れぬ琥珀の輝き。ここで別れを告げるのは惜しい。
「いいよ」アランは言った。「こっちの用事につきあってくれるなら」
「良いだろう、で、行き先は?」レナードは、細かい歯の並んだ口を開けてほほえんだ。表情一つとっても、機知のひらめきを感じさせる。