【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-10
「質問しないんだな」
「何を?」
「どうして、俺があんなばかげた大立ち回りをやってるか。会うやつはみんな質問するぜ」
「ああ……」アランは、そんなことか、といった面持ちで言った。「だって、あんたはクラナドだろ。それだけ剣の腕が立つなら、審問官に喧嘩を売りたくなって当然だよ。ロイドはいい顔しないだろうけど」
「だれだい、そのロイドってのは?それにクラナド?俺はそんな名前じゃないぜ」
「クラナドじゃない?」アランは驚いて、まじまじとレナードの顔を見た。「だって、そんなはずないじゃないか……あんたはどう見たってシーだ」
「シー?それも知らんな」
「じゃあ、どうやってトルヘアに来たんだ?どこから来た?」
彼がアランのことをおかしなやつだと考えているのは明らかだった。
「俺の生まれは大陸さ。デルヒェって国の生まれだが、この見てくれだからね。親は早くに死んじまったし。だから、エレンになら俺の居場所もあると思った。それで密航したんだ。まあ、失敗したがね」
「大陸の生まれ……」
「ああ、大陸だ。どうだ、こんな狭い島国には収まりきらない、俺の魅力を感じるだろう、坊や?それで、クラナドってのはいったい何なんだ、合言葉か、暗号か?」
「いや、クラナドって言うのは、エリンの難民の事だよ。あんたみたいな、シー、じゃなくて、獣のような風貌をした人たちも沢山いる。ほとんどがみんな、森の中に隠れて生活してるんだ。聞いたこと無いか、森の人、幽霊とか悪魔とかって呼ばれることもある」
レナードはそれで合点がいったようだった。軽妙な口調はいくらか思慮深くなり、陽気なレナードはなりを潜めた。あんな無茶を繰り返しながらも、今まで無事に生き延びてこられただけの機転は、しっかり備わっている。
「悪魔か」じっと前方を見つめたまま、彼はぽつりと言った。「ああ、それなら知ってる」
「正直言うと、みんなあんたを羨むと思うよ」レナードはアランの方を向いた。アランは肩をすくめた。「だって、あんなにトルヘアの人たちに好かれてるんだから。それに比べて私たちは、どこへ行ってもエレンから来た疫病神みたいに見られる。チグナラたちと同じように、審問官と目があっただけで、次の日には焚刑台に立たされてるかもしれないんだ」
「君も、クラナドってやつか」
「どうして?」驚くアランを、レナードは笑った。
「今『私たち』って言ったんだぜ。まぁ、パン屋の奉公人ってのはずいぶん無理があると思ったが、とんでもない、実はそうとう良いとこの坊ちゃんだなんだな?エレンの旧家かなんかの出と見たね」
アランは、自分がいつの間にか、エレンの苦難の民の一員になっていたことに密かな喜びを感じた。そして、戸惑いを。
昔から、何かに属すことへの憧れがあった。国教会の洗礼を受けず、ユータルスの養子にもならず、与えられた家名にもつながりはなかった。(偽名だったのだから当たり前だが)。王家の娘だと言われても、すんなりと認めるわけにもゆかない。何かに属する時には、自分で「この時」と決めた瞬間からそうなるものだと思っていた。エレンの人間だと言われても、心から自分の中にエレンへの思慕を抱いたわけではない。それでも、今、彼女は自らの仲間を認めたのだ。森の中で息を潜めて、じっと待ち続ける多くの難民達。自分も彼らの中の一人なのだと。ロイドが言っていたのは、もしかしたら、こう言うことなのかも知れない。まだ、はっきりとは分からないけれど。