「Mになった女王様」-4
(データが消えてる?)
月曜日に出勤してきた美恵は自分の机のデスクトップパソコンのハードディスクが完全に真っ白になっていることに気が付いた。仕事の上での重要なデータばかりが入っている。八割くらいのデータはいつも持ち歩いているノートパソコンに写してあったが、それでも仕事にはかなりの支障が出る。
(一体誰が…) オフィスを見回してほかの社員達を見たが、職場で少し浮いた存在である美恵にとって誰もが犯人に見えた。
朝から消えたデータの再収集に明け暮れ、その日はそれだけで一日潰れてしまった。こんなことは初めてではない。美恵宛てに届くはずの書類が届かなかったり、転勤する同僚の送別会に自分だけ呼ばれなかったり、職場での嫌がらせはエスカレートするばかりだ。こんな調子で毎日イライラして、そのはけ口はいつも弘志に向けられた。
弘志は美恵のマンションに飼われ、朝早くに起きて美恵の朝食を作り、美恵が出勤したあと、大学がある時は大学に行き、そうでない日は朝から掃除洗濯夕食の準備までかいがいしくよく働いた。風呂に入る時も弘志に体を洗わせ、気が向いた時にはベッドに大の字に縛り付け、褒美として美恵の肉穴を味あわせてやった。
こんなふうに会社で嫌な事があると、美恵は帰宅するなり弘志を吊るしあげ、ムチや竹刀でメッタ打ちにする。ここのところ毎日だ。この日も美恵は帰宅するなり、天井から弘志を全裸で吊るし、いきなり竹刀でその若い肉体を打ち続けた。目をつり上げ、憎悪に満ちた形相で髪を振り乱し、力の限りにいたぶり尽くす。体中に無数の傷跡が残り、骨や関節がぎしぎしと痛み、それでも弘志はけなげに耐え続けた。
それが済むと美恵はさっさと服を脱ぎ捨て、風呂場へ向かう。やっと縄を解かれた弘志は息つく暇もなく、美恵の脱ぎ捨てた服をきちんとたたんで、慌てて自分も風呂場へ向かう。そしてスポンジにソープの泡をたてて、美恵の体を丁寧に丁寧に洗うのだ。浴室マットの上に横たわる細く白い白鳥のような体に触れられるのは弘志にとって最高の喜びであり、この特権が与えられるなら、美恵の飼い殺しのペットになっても構わないとさえ思った。
夕食にしても、弘志はいつも美恵の美容と健康を考えて工夫をこらしていた。元々料理は嫌いなほうではない。大学生になってアパート暮らしを始めてからずっと自炊をしている。だがその日は美恵の好物であるビーフシチューであったにもかかわらず、美恵は不機嫌な顔のまま、まずそうに夕食を終えて、何も言葉を発することなく寝室に消えてしまった。
明くる日も目をつり上げたすさまじい形相で美恵は帰宅するなり、弘志を吊るして打つ。
「私が何をしたっていうの?あんた達が役立たずなだけじゃない!この不況下だって私は少しも数字を落としてないわ。自分の仕事のできが悪いからってひがむんじゃないわよ!」 弘志に言っても分からない仕事のグチを、金切り声をあげながら美恵は髪を振り乱し、ムチを振るう。さすがに弘志は(おかしい、いつもと違う)と感じたが、両手を縛られて天井から吊るされいるこの不況では何も出来ない。ボロボロになった体を引きずり、苦痛に顔を歪めながら、いつものように風呂場へ行き、美恵の体を洗いながら恐る恐る尋ねた。
「あの、会社で何かあったんですか。」
「うるさいわね、あんたには関係ないわよ。」吐き捨てるように言ったあと、それでも弘志の優しい手つきに興奮も収まったのか、落ち着きを取り戻した。
「あんた、体洗うの上手くなったわね、あんたにこうして体を洗ってもらってると落ち着くわ。」
美恵が弘志を褒めるなどめったにない事なので少し驚いたが、自分の美恵に対する誠意が伝わったのだと、嬉しくもあった。美恵はうつ伏せのまま弘志に身を任せていたが、しばらくするとそのまま寝入ってしまった。ぬるめの湯で泡を洗い流し、起こさぬよう気をつけながら寝室へ運び、丁寧に体を拭いて布団を掛ける。
真っ白な細い体に濡れた黒い髪が貼り付き、疲れ切ったその表情は、出会った頃の、美人ではあるが高慢で勝気な美恵ではなく、今にも命尽きそうな傷付いた体を横たえる白鳥にも見えた。その憔悴しきった寝顔を見ていると、弘志は今の二人の関係がなんだか間違っているように思えてきた。
(あなたは本当にサディストなのか?だったらなぜ僕をムチ打った後そんなに疲れる?)
本当は強い男に力強く抱き締められ、そこに安らぎを覚える、美恵はそういう女性ではないのか、寝息をたてる白い裸体を見ていると、弘志にはそう思えてならなきった。
そしてまた明くる日。
美恵が手にしたのは金属バットだった。さすがに弘志は顔が青ざめて血の気が引くのを感じた。美恵はアルコールが入っているらしく、ウイスキーの匂いをさせながら、血走って殺気立った眼をしている。