星空-1
空は嫌いだ。
どこまでも果てしない広く雄大な様が、ちっぽけな自分を馬鹿にしているようで。
特に夜。
星が満点に輝いた空は更に嫌い。
輝く星々は目に見える。
馬鹿にされている上に、常に観察されてるみたいで不快だ。
「シオン?どうしたの?」
夜の静寂に溶けてしまいそうな澄み切った声が聞こえ、はっとした。
同時に彼女の両の腕が伸びてきて、さわさわとおれの頬に触れる。
そして口や鼻、瞼をゆっくり優しく撫でる。
「怒ってる」
そう呟いて少し口角を上げた。
「そんなことないよ」
「あ、笑った」
まだおれの頬に手のひらを添えたまま、凛子は満足げに目を細めた。
腕を下ろし、ゆっくり空を仰ぐ。
「…天気はいいみたい。ねぇ星、綺麗に出てる?」
「うん」
おれは頷く。
「空いっぱいに敷き詰められてる。雲も無いから降ってきそう」
「そう」
凛子は目を瞑り、胸一杯に空気を吸い込んだ。
「…もう夏の夜の香りがするね」
ふぅっと息を吐きながらゆっくりと目を開ける。
「私、シオンの説明好き。情景がね、ふわぁって浮かんでくるの」
「本当?良かった」
凛子が手を前に出しながら、ゆっくりと歩き出した。
おれも歩幅を合わせて凛子にぴったりとくっついて歩いた。
マンションの屋上の手摺に凛子の指先が触れる。
宙を漂う片手をそっと誘導して、両手でしっかりと握らせた。
「ありがとう」
さあっと吹いた一筋の風で顔に掛かった髪を、丁寧に分けて耳に掛ける。
そんな些細な一連の動作におれは目を奪われた。
凛子にとっては何気ない動作も、おれは美しいと思う。
ずっとずっと見ていたいと、いつも思っていた。
思えば、初めて凛子と出会った時も、おれは凛子に見とれていた。