湿気-3
外で蛙の泣き声がする。滴が何かに当たる音も、それから足音――
「何腐ってんの?」
部屋がすっかり真っ暗になった頃、頭上から声が降ってきた。
「…何でいるんだ?」
「いちゃ悪い?」
「どうやって入った?」
「鍵開いてたよ」
正月に実家に帰って以来の、晴陽の肉声だった。
本当は明かりをつけて顔が見たかった。触れたかった。
でも泣きそうになってる自分の顔を見られたくなくて、背中を向けて寝転がったままでいた。
「プロポーズの返事してきたよ」
「…」
「あたしね、」
「死んじゃおっかなって思ってたんだ」
晴陽の報告を聞きたくなくて何か会話をしなくちゃいけないと思って、なのに口から出てきたのはさっきまでの情けない自分の心理状態。
「へ?」
こんな俺を晴陽は何て思うだろう。
哀れんでるかもしれないし、呆れてるかもしれない。
でも、もうどうでも良かった。
どうでもいい。
晴陽はもう――…
「色々考えてたんだ。でもどれも痛そうとか、苦しそうとか、…考えちゃって、」
鼻がグスグス鳴るから、きっと泣いてるってバレてる。
「練炭と七輪買いに行こうと思ったけど、雨だから買いに行くのめんどくさくて、いくら金かかるか分かんないし…」
死ぬのを思いとどまった理由すらアホらしくて、
「…ひいっく…」
派手にしゃくり上げた。
やっぱりさっき死んどけば良かった。何でこんな情けない場面を晴陽に見られなきゃならないんだ。
後悔に襲われた次の瞬間、暗かった視界が更に暗くなった。
「…?」
何…
顔を上げたその時、
「わっ!?」
両腕を無理矢理引っ張られて力づくで起こされた。
「何す―…」
その勢いのまま、俺の頭は晴陽の腕にギュッと抱き締められた。
「!?」
何で?
そりゃ触れたかったけど、こんな風にしたいなんて何度も思った事もあったけど、何で…
「七輪は買いに行かなかったの?」
耳元に聞こえる声は携帯越しとは違う、温かくて柔らかい声。