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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-14

「赤ん坊は牛みたいな顔だったんだって、恐ろしい」

「森の近くの炭焼き小屋で襲われたんだそうだよ――例の悪魔どもにね。もうあそこには恐くて近寄れやしないよ」

 囁き声の洪水。不安が群衆を群れさせ、そして語らせる。捕まるのが自分ではなくてよかった。焚刑台に繋がれているのが自分でなくてよかったと。

「先だって、また馬車が発ったよ。檻の中に、ほら、街外れでテントを張ってた鋳掛け屋のせがれが乗ってるのを見たって人が……」

「あの女の兄貴は殺されたってね。悪魔とつがって生きていられるなんて、元々が穢れてたってことさね」

 アランは、どうにかこうにか人の波をかき分けて前に進んだ。そのうちに、背の高い観衆に挟まれて息苦しくなってきた。もぞもぞと体を動かして、ゆっくり前に進む。体がぶつかった人からの不満の声が追いかけてきたが、人々に飲み込まれて危うく窒息しそうになっている彼女には聞こえなかった。なんとか最前列に出なければ……。焦る彼女は、誰かの足に躓いて転んだ。その拍子に人混みがわれ、なんとか空気のある場所にたどり着けた。折しもそこがこの人混みの最前列であった。散らばった本をかき集めるアランの目に、どこかに張ってあったのが落ちたのか、地面に張り付いた人相書きが目に入った。

『狐目のレナード。捕らえた者に1ルクスの報奨金』

 なるほど、さっきの人形劇の主役は実在の人物だったのだ。さっきの人形があんまり狐に似ていたので、あのパンジャという語り部は、もしかしたらシーを見たことがあって、そこから劇の主人公の着想を得たのかと思ったが、そうではないようだ。極端に目のつり上がったレナードなる男は、確かに狐そっくりに見える。目のことを差し引いても、飛び出した耳のせいで、お世辞にも美男子とは言えない。アランは立ち上がりしなに、その人相書きも一緒に拾った。

 改めて焚刑台に目をやると、そこにはアランとそう年の変わらない女の子が繋がれていた。かわいそうに、骨が砕けそうなほど震えてしまっている。切り出してきたままの丸太には、両の掌よりも小さな足場がつくってあり、少女の足はその上に乗っていた。体をぐるりと囲むのは、火が付くのを待つばかりとなっている薪の山。すすり泣く声をかき消そうとしているかのように、陰気な鐘は鳴り続けた。その鐘の音を楽しんでいるのは、処刑台の後ろで悠然と立っている、異端審問官一人だった。彼の身なりは、他の審問官とは違っていた。マントに施された金糸の刺繍は重厚だ。革の手袋をした手を休ませる剣の柄には、遠目に見てもかなりの贅をこらしてあることがわかる。柄頭のルビーに、それをつかむ黄金の台座。それを皆に見せびらかそうとして、わざとマントの隙間から覗かせているのだとしたら、成功したと言えるだろう。薄い金色の髪はぺったりとなでつけられている。きっちりと結わえられた後ろ髪さえ、彼の思惑に反してはねたり揺れたりすることはないように思えた。薄い唇に浮かんだ笑みは冷たく、ぬぐい去れない残酷さを醸し出していた。きっと、彼は赤子をその腕に抱いても、あの「お前が死ぬのを見るのが楽しみだ」と言わんばかりの表情を浮かべているのだろうと思った。

「スプリング・ラムゼイ!」誰かが急に声を張り上げた。出所を探すと、手に紙を持った教父らしき男が、焚刑台の前に立って少女を見上げているのが見えた。「そなたは、山賊に兄を殺された恨みを晴らすべく、悪魔に魂を売り渡し、さらにその体を開いて忌まわしき呪いを受け入れ」ここで群衆から怒りの声が上がった。「地獄の女王との契約を結んで、山賊を呪い殺さんとした。この事実に相違ないな」

「違います!」少女は叫んだ。顔は蒼白になり、泣き腫らしたせいで目の周りだけが血を塗ったように赤い。「違います、私、誰も呪い殺そうなんてしていません!私は襲われたのよ!悪魔に無理矢理犯されて、あの悪魔のようなものを身ごもってしまっただけなの!」彼女がどんなに弁明しようと、生々しい事実が群衆の興奮に油を注いだだけだった。小石が次々に彼女に向かって飛んだ。


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