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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-13

「何だ、お前さん買うのかえ?」トリアー氏が言った。「なら、負けといてやる。いくらもっとるかね?ふんふん。良かろう、好きなのを5冊持って行きなさい。ただし、写本はだめだからな」

「もちろんです!」

 アランは印刷機に飛びついて接吻したい気持ちをおさえ、腕をまくって本選びにかかった。ほとんどが国教会がらみのありがたい話を書いたものだ。中には、教会のやり方に真っ向から異を唱えるものもある。こういった類の本が見つかれば火あぶりになる危険があることを、この老人は知っているのだろうか?アランはじっくりと表紙に目を懲らした。『宗教論。教会はいかにして我々の目をくらませているか――ジェイコブ・マーリー』。覚えておこう。しかし、アラスデアと2人で読むのにはふさわしくない。アランは眉をしかめて、小さな文字の列が整列する本棚に目をむけた。

 その時、街のどこかで鐘が鳴った。通りにいた人は、その金が何を意味しているのか分かっているらしい。みんな一斉に、同じ方向に向かって早歩きで向かいだした。

「あの鐘は?」アランはトリアー氏に聞いた。

「ああ、処刑さね」トリアー氏は、顎と鼻をくっつけんばかりに顔をしかめた。あまりにしわが深いので、鼻以外のすべてのパーツが皴の中にしまいこまれてしまっている。彼の目が挟まっているのはどの皺だろう。

「一体何をしでかしたんです?町をあげて公開処刑するくらいなら、相当悪い奴ですか」アランは店の外を眺めていたが、トリアー氏の一言には耳を疑った。

「ああ、女がね。悪魔の子を産んだかどで処刑されるんだそうだ、教会前の広場でな。先週もチグナラの女が捕まって燃やされとったよ。こっちはかなわんよ。広場の風下にあるせいで、人の焼けるひどい臭いがもろに流れてくるんだ……本にしみこんだら二度ととれん。もっとも、ここじゃ休まず香をたいとるから、匂いはつかんがね」老店主は、本棚の至る所に置かれた香炉の一つを指さして、付けくわえた。新規顧客を逃してなるものかと思っているのかも知れない。「あんた、異端裁判って知ってなさるかね?あれがどういうもんか?」

「ええ、まあ」アランの視線はあいかわらず、本の背表紙の上をさまよっていたが、何も見てはいなかった。助けなくては。悪魔の子――クラナドの子に違いない。クラナドの子供は、生まれた時は獣の姿形をしている。それが普通なのだ、悪いことではない。その女は罪人ではないのだ。でも、自分に何が出来る?ロイドもグリーアも、アラスデアも居ない……でも、ここに突っ立ってなんか居られるか?

「お、おじさん、これもらいます」アランはろくに題名も見ないで、手近にあった5冊をつかみ取ると、店主に礼を言って店の外に転がり出た。



 石畳のわずかな凹凸にも足を取られながら、広場へと向かう。助けなくてはならないという気持ちが彼女をあせらせ、助けることができなかったとしたら、相手がみすみす死んでいくのを見るのはつらいという恐怖が、彼女の足を鈍らせた。小脇にしっかりと本を抱える。空はどんよりと曇っていた。この街に訪れた時に抱いた第一印象が、あっという間に塗り替えられてゆく。ここは、賑やかで活発な大都市なんかじゃない。もしかしたら、昔はエレンもこんな風に栄えていたんじゃないかとさえ思ったのに。

 陰鬱な鐘が鳴り響く。リン、ゴン、リン、ゴン。いやな汗が、冊子の粗悪な紙に染み込んでゆく。群集のざわめきが聞こえる。広場は近い。彼女と一緒に広場を目指していた人々が、人ごみのふちにたどり着いて立ち止まる。アランは押し合い圧し合いするひとの隙間を縫って、なんとか前に進もうとした。

 背の小さなアランに見えたのは、処刑台から伸びる一本の柱と、その前に立ちはだかる無数の人間の頭ばかり。読み上げる罪状もないのか、処刑は黙々と進む。アランは、自分の周りにいる人々が、処刑を楽しむ心づもりでいるように感じられた。興奮が空気中に漂っている。ピリピリとした、何か期待のようなものが。


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