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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-12

 最初、テネンナムには息抜きのために来る予定だった。しかし、冷静に考えて、鷲と獅子が混ざった、前足の先から頭のてっぺんまでの大きさがほぼアランと同じくらいもある――もっとも、アランの身長だってそこまで大きくはないが――化け物が街に入ってきたら、大の男でさえ少女のように悲鳴を上げて逃げ惑うことだろう。実際、大の男だろうが何だろうが、アラスデアは頭から食らいつくことが出来る。その後、頭蓋骨を枕代わりに眠ったところで、良心が咎めることはないだろう。それでも今までに一度も人間を食べたことがないのは、アランが脅したりなだめたりして何とかやめさせてきていたせいだ。

 グリフィンが高い知能を持つ獣であることは、アランにもよく判っていた。最初の頃こそ、じっと黙って周りの会話を聞いているだけだった。しかし、誕生から一年以上が経ち、ほとんどの会話を無理なくこなせるようになると、今度は質問攻めが始まったのだった。

「あの星は何、アラン?木々の枝葉の間から、こちらを覗くように一つだけ瞬いているの。もしかしたら、木はあの星をつかもうとして伸びるのかもしれないね。ほら、あの枝を見てよ!手を伸ばしているように見えるでしょ?」

「あの魚は何というの、アラン?背中に虹を背負って居るみたいに見えるよ!自分からは見えないのに、どうしてあんなに綺麗なものを背負っているんだろうね?僕らの目を楽しませて、僕らに食べられるんじゃ割に合わないと思わない?」

「あの木の実は何、アラン?あんな色の実は見たことがないね。きっとアランのために、木が特別に用意したんだ、そうだよね?あの実はアランが食べていいよ。後でどんな味がしたか教えてくれたら嬉しいけど」

 アラスデアの質問攻めに答えたくなってしまうのは、その言葉が余りに詩的なので耳を傾けたくなってしまうから、そして、そこにいじらしい主人への愛が籠もっているからだ。ただ、自分の知っている知識では限界があった。星の名前はかろうじて分かったとしても、その星にまつわる物語は知らないし、ニジマスが虹を背負っている理由や、紫色の不思議な果実を食べても腹をこわさずにいる方法までは分からなかった。とは言え、正しい、堅実的な知識を彼にもたらすと、詩的な物言いや無知ゆえの幻想的な想像力が薄れてしまうのではないかと思ったりもした。 しかしアラスデアが新しい言葉を知りたがっていることは間違いないし、知識を求める者にはそれを与えてやるべきだ。好奇心は、彼の旺盛な食欲にまさるとも劣らない欲求だ。アランは、書店へと向かった。手持ちの金でどれほどのものが買えるかは分からないが、薄い冊子の詩集か、物語集一冊ぐらいにはなるだろう。本はとにかく高価なのだ。

 古書の放つ香りを隠すように焚かれた独特な香の匂いに誘われて、小さな本屋に足を踏み入れた。大きな店ではないが、値段は驚くほど安い。この分なら、2,3冊は買って帰れるかも知れない。一体どんな本なのかと中をめくると、彼女が知っている本よりも、ずいぶん作りが荒かった。

「おじさん、これはどういう本?」アランは、店の主人に聞いてみた。風変わりな外套を羽織った老人で、しわくちゃの顔の中でも、顎と鼻がくっつきそうに思えた。店の名前――トリアーの店――から察するに、この老人がトリアー氏なのだろう。氏はフンと鼻を鳴らした。

「そいつは、なにやら印刷機ちゅう代物で刷った本だよ、坊主。値段は安いが、このあたりじゃめったに買うものは居らんよ。奴隷やら、下働き向けの冊子さね。東の方じゃ大受けだそうだが……」最後のほうは、彼が首を振りながらぶつぶつ話すので聞き取れなくなってしまった。表題の同じ本を開くと、なるほど、どちらの本も寸分違わず一緒だった。印刷機なる代物がどんなものかは分からないが、今のアランにとっては安いに越したことはない。


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