【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-11
「よって、お前達も同罪だ!悪魔の食い物を食うなんて、何て恐ろしいことを!さあ、こっちに来い!」
異端審問官は、言うが早いかポールを捉まえ、がっちりと羽交い締めにした。「いやだよう、助けて!」
「おい、貴様、かえってこいつの母親に伝えるんだ。こいつの罪を祓い清めるためには、十ルクス必要だ。だが、そいつを払えないなら、息子は帰ってこないぞってな!ほら、行け!」
少年はじりじりと後じさり、やがて脱兎の如く駆けだした。場面はいつの間にか、再びパン屋の屋内に戻った。語り部の声が聞こえると、不思議なことに舞台上の人形から、まるでろうそくを吹き消したように表情が消えた。
「さて、かわいそうなパン屋の一家。そして、かわいそうなポール!でも、どうしたって、十ルクスものお金なんか、作れっこない!じゃあ、いったい誰がジョセフ一家を助けてくれる?誰がポールを救ってくれる?貧しい民の見方になってくれるのは誰?」
アランは、いつの間にか物語に引き込まれている自分に気づいた。そう、この話は、かつて自分を虜にした、クリシュナの武勇伝にそっくりなのだ。彼は今でもこうして語り継がれているのだろうか?しかし、アランの予想は外れていた。新たなクリシュナは、もうすでに生まれていたのだ。子供達の声が、口々に英雄の名を呼んだ。
「レナード、レナード!」
「そうだ、坊ちゃん方に嬢ちゃん方」そこで、舞台上に、狐にそっくりな顔の男が出てくると、子供達は歓声を上げた。まるで目の前に、本物の英雄が現れたかのように。
「レナルドは全部聞いていた。この大きな耳でね――」それから、レナルド(語り部はレナードを訛ってこう呼んだ)がどうしたかはわからずじまいだった。道の向こうから兵隊がやってきたのを、語り部がめざとく見つけたのだ。こんな内容の劇をやっているのを見られたものなら、死ぬまで奴隷のように働かされるのは彼の方になる。そう、男達の連れ去りが行われている街のど真ん中で、この語り部は事実を暴き立てているのだ。勇敢さ、いや、無謀さここに極まれりといった感じだ。早く撤収しないと引っ立てられちゃうぞ。ただでさえチグナラはトルヘアでは受けが悪いんだから!アランははらはらしながら、近づいてくる兵隊を見やり、それから再び舞台に顔を向けた。そして、思わずあごががくんと落ちた。
「お助けください――」
それは、人形遣いの声ではなかった。舞台の中央に立っている主役の台詞だった。小さな舞台の上で演技をしているのは相変わらず人形だが、今そこにいるのは見まがいようもなく、天光教の聖典に現れる救世主だ。
「私の娘が病に苦しんでおります。どうかお恵みをお授けください」小さな赤ん坊の人形を抱いているのは、さっきパン屋の女将を演じていた人形だ。
「すると救世主は仰いました。神の名の下に、病よ治れ、と。すると、どうしたことでしょう。あんなに熱を出して苦しんでいた少女が――」
アランはほくそ笑んで、その場を立ち去った。兵隊も行ってしまったし、安心して良いだろう。全く、あの語り部のたくましさといったら!一体いつの間に人形をすり替えたんだろう。あの機転があるから、迫害され続けるチグナラもああやって生きてゆけるのだろう。
しかし、彼らはチグナラ以外の何者にもなろうとしない。肌の色や身分をごまかして、トルヘアに溶け込もうとは一切しない――虐げられる人生を自ら選んでいるのだ。卑屈と言う者もいるが、孤高の精神を持っているとも言える。では、エレンの人間はどうだろう。森の中に潜み、不穏な熾きを燻らせたまま、じっと行動を起こす時を待っている。もし彼らが負けたら……そしたらどうなる?散り散りになって、チグナラのようになるか――そうしたら、エレン人もチグナラたちのように生きてゆけるだろうか。それが正しいことなのか?
正しい事って何?と、アラスデアなら聞くだろう。そう聞かれたら、アランにも答えはわからない。多分。答えなんか無いから。
それで思い出した。早く帰らないと、アラスデアがへそを曲げてしまう。