【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-4
「グリーア?」アランが短く声を掛けた。
「トルヘアじゃない」それから、少し警戒を緩めて目を細めた。「もしかしたら、チグナラかも知れない」
果たして、グリーアの見立ては当たった。アラスデアが察知したのは、6人程からなるチグナラの一行だった。お互いにトルヘア国王から追われている身だ。ロイドが、クラナド達を隠れ場所から出しても安全だと判断し、一行はチグナラを迎えた。マイルスも、荒い呼吸がようやく落ち着いたようだ。顔の赤みも、アランに対する猛烈な敵意と一緒にひいていた。ハーディはグリーアの隣に立って言った。
「ねえ、長に掛け金を払うべきかな」
彼らは一家で旅をしていた。アランが実際にチグナラと合うのは初めてだ。幼い頃に城を訪れた旅の一座を見たことはあったはずだが、ほとんど記憶から消え去っていた。チグナラは、元々は遙か西の国の民だと言われている。浅黒い肌、くっきりとした目鼻立ちと、黒い髪を持つ種族だ。彼らは定住することを好まず、国々を巡っては占いや歌や、金属を加工することで生計を立てて暮らしていた。根無し草のような生活をする彼らが、全ての人々から親しまれる存在ではないことは確かだ。
よそでもシーを含むクラナドの一団にあったことがあるのだろう。珍しい外見を持つ一行を目にしても、その一家に驚いた様子はなかった。チグナラは信頼の置ける人々ではないが、敵であるとも言えない。彼らが友人になるか敵になるかは、アラン達の持ち物にかかっていた。つまり、チグナラに差し出すものが多ければ多いほど、信頼は約束される。幸い、狩りでの獲物が豊富にある。今夜の夕食は歌と踊りと物語が炉端に花咲く、賑やかなものになるだろう。
その一家は、小さな手押し車に、荷物と一緒に乗った盲目の老婆とその息子夫婦らしい2人、それから子供3人からなる所帯だった。他の多くのチグナラ達と同じように、彼らも鍛冶屋(スミス)一家と名乗った。アランを含めた何人かがスミス一家に剣を預け、夫婦の2人と年長の子供一人が早速仕事に取りかかった。夜が来る頃には、全ての剣が申し分なく鍛え直されていた。どうやら伊達にスミスを名乗ってはいないようだ。老婆は女達を相手にちょっとした占いを始めた。差し出す金額次第で、お守りを作ってやったり、薬を分けてやったりしているようだ。占いに関して、アランとグリーアは特に懐疑的だ。グリーアは占いを信用していないのではなく、占いの内容を解釈する自分の能力に不安を感じていた。すくなくともそうあるべきだとアランは主張している。一方アランはというと、占い自体全く信用していなかった。
「ちょっと、あんたさん」盲目の老婆が、アランを呼び止めた。身に纏った服は、家族の他の者より上等なようだ。何枚もの、色の違う布を巻き付けて、その上からきらきら光る装身具を巻き付けている。それが、動く度に鈴のような音を立てた。
「あんたさん、ちょっとこっちへおいで」
アランは警戒して、幾分か離れた場所から老婆を眺めた。「私は、占いは結構ですから」
そう言うと、老婆はふふ、と笑った。
「金を取ったりゃあせんよ、ちょっと手を見せておくれな」
「手?」アランは眉をひそめた。思い切り疑わしそうな顔をしているのが、この老婆に見えなかったとしても、声に現れているのが聞こえたのだろう。
「取って食うわけじゃなし、信用せい」彼女は自分の手を広げて、その上にアランの手を載せるように示した。渋々アランが手を載せると、彼女は馬鹿力でアランをぐいっと引っ張った。