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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-3

「で、どっちが先に仕掛けたの?」木によりかかって試合を眺めていたグリーアに聞いた。

「どちらとも言い難い。アランはほら、気に入らない相手を苛つかせる天才だしな」

「坊やは悪くないわよ」マイルスと同じ頃、旅に加わったローズ・マラーナが言った。同意するようにアラスデアが唸る。主人の味方を見つけて満足げだ。ハーディは彼女をちらりと見た。他の女達とは離れたところに立っていて、小競り合いに興味がないのかそちらには目を向けようとはしていない。

「あの男が他の人間に手を挙げるのを見たから、黙っていられなくなっただけなの。あの男は冬ごもり前の熊なのよ。誰彼構わず噛みついて」

 グリーアはうなずいた。要するに時間の問題だったと言うことだ。アランは随分前からあの男に目をつけていた。居丈高に振る舞い、横暴で、傲慢。彼女が嫌う人間の典型。そう言う相手を見つけると、くってかからずにはいられない。ロイドはとっくの昔にその性質を矯正することを諦め、グリーアとハーディはそれを楽しむことにした。

「まだやるのか、マイルス?」アランが笑い、白い歯がこぼれた。「泡吹いて倒れる前に降参しないか?」

「この糞ガキ!」男が吠える。

 女達はおびえた様子で、男達は畏敬の念を込めてこの成り行きを見守っていた。建設的なこと――つまり、火をおこしたり、獲物の臓物を抜いたり――をしているのは、アランとのつきあいが長い3人と、ローズだけだった。

「泡吹いて倒れる方に5レー」グリーアがぼそっとつぶやいた。

「あ、ずるい!」ハーディは血だらけの手をウサギに突っ込んだまま言った。「じゃあ、その前に勝負が付く方に3」アランが気に入らない相手に喧嘩を売るのが日常茶飯事なら、その試合で賭けをするのも日常茶飯事だった。アランが負けたことはない。だから、アランが勝つか負けるかに賭けるのは金の無駄だ。

「よさんか、2人とも」ロイドが小さな火種に息を送りながら一喝した。「勝負なんぞついちゃならん。毎度毎度仲間内で喧嘩を売ったり買ったり……」ロイドのぼやきもいつものことだ。

 汗と罵声あたりにまき散らしながらマイルスがアランに突進しようとしたちょうどその時、アラスデアの鼻が異臭を察知した。彼はすぐさま主人と男の間に割って入り、翼を広げて試合をやめさせた。驚いたマイルスはもんどり打って倒れ、落ち葉の中に身体の半分が埋まってしまった。ロイドは立ち上がり、アラスデアが見ているのと同じ方向を見た。

「何だろう……トルヘアか?」アランが小さな声で聞いた。その表情には、さっきまでとは打って変わった鋭い表情が浮かんでいる。マイルスが一度でもこの表情を見ていたら、売られた喧嘩を買おうなどとは思わなかったに違いない。

「もっと不思議な匂いがする。甘い匂い、苦い匂い……何か変な匂い。でも、敵じゃないとおもう」アラスデアは、すっかり上達した人間の言葉でアランに答えた。もっとも、この言葉を聞くことが出来るのはアランだけだが。

「隠れた方がよさそうだ」だから、かわりにアランが皆に警戒を促した。

 怪しい匂いの正体がわかる前に、ハーディはクラナドたちを茂みの向こう側へと隠れさせた。後からアラスデアが彼らの後ろに隠れ、万が一の時に備えて身を低くして構えていた。もちろん、森で狩った獲物も一緒に隠した。相手が誰であれ、密猟の現場を押さえられるのは避けたいのだ。グリーアは、彼らを守るように茂みの前に立った。何気ない風を装ってはいるが、腰に差した短剣はすぐに抜けるようにしてあり、弓と矢も、すぐ近くの木に立てかけていた。


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