【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-13
「アラン」
小さな声がする。アランが起きて居るかどうかはかりかねているようだ。
「起きてるよ、グリーア」アランが低い声で答えると、静かな足音が近づき、横たわる彼女の隣に、グリーアが腰を下ろした。幽かな熾きの明かりに照らされた横顔には、彼が今まで眠っていたことを示すものはなかった。彼もまた、眠れない夜を過ごしていたのだろう。
「アラン、昼間のことだが……」アランに言葉を継いでもらうのを期待したのか、彼はそこで一度口をつぐんだ。アランが相変わらず黙っていると、彼は意を決して先を続けた。「まだ、決心はつかないか?」
アランはうなずいた。その顔には、幽かな笑みが浮かんでいる。
「いつか決心がつくようになると思う?」アランの皮肉に、グリーアはうつむいて、それから聞いた。
「決心をつけないまま、死んでいけるのか?」
アランは答えなかった。そのことを何度自問したか知れない。
「いつかは決めなければならないことだ。いつまで悩んでも、アラン、結果は同じだ」グリーアはアランに気遣わしげな一瞥をくれ、再び目を落とした。「お前は王の娘なんだから」
「だからなんだっていうんだ」アランは、氷を当てられたように両腕を抱えた。肩をすぼめ、少しでも自分を小さく縮ませようとしている。何かから逃げようとするように。
「お前の気持ちもわかる」グリーアは、なおもアランの方を見ようとしない。「お前は言ったよな。1年前、自分にはその資格がないって……今でもそう思うのか?お前が言う資格って、一体何なんだ?」
「グリーアにはわからないよ」アランは平淡な声で言った。「私には、誰かを導くなんて事は出来ない。誰も助けられない。願いを聞いてやることも、傷を癒してやることも出来ない」
「当然だ。神じゃないんだから」グリーアの表情がふっと和らいだ。「お前の言う資格がそれなのか?神のような人間しか、王にはなれないと?」
「私は、あのクラナド達を見殺しにした――」
「俺達もそうした。俺は、仲間に逃げろと忠告したお前を殺そうとさえしたぞ、アラン。全ての人間を救うことは出来ない」
「エレンのことなんか何にも知らないし――」
「お前のご両親だってそうだったさ。トルヘア島でお生まれになったんだからな」
「私は――」何か言う度にグリーアが反論するので、アランは次第に追い詰められてきた。グリーアはなおもアランの方を見ずにいたが、その口元にはおかしむような緩みがあった。「私は……」なんと言えばいいのだろう?弱い?穢れている?卑屈で、卑怯で、身勝手で、それでも誰かを救いたいと思っている?