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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-12

 その夜、アランは規則正しい寝息の合唱を聞いていた。濃い眠りの匂いがあたりに立ちこめ、彼女を眠りの縁に引っ張り込もうとしている。寝ずの番をつとめるのを嫌だと思ったことはない。考えてもどうにもならないことを考える自分の癖を疎んでは居ても、それが必要であることはわかっていた。

 光の乏しい夜の森では、物音が辺りに充満する。虫の歌う、風の渡る、鳥が呟く、木が傾ぐ、そういう音が混ざり合い、増幅されて夜の大気に溶け込むのだ。霧の小さな粒子の一つ一つが、踊りながら毛羽のたったシャツに着地する。アランは、アラスデアの腹に頭をもたせかけ、いつものように、熾き火でつま先を暖めた。眠りに落ちる前には、日中忘れていられることをつい考えてしまう。棚上げにするつもりで空に放り投げた懸念が、音も立てずに再び頭の上に落ちてくるのだ。夜に一人でものを考えるのは得策ではない。大抵悪いことばかり思い浮かぶからだ。なかなか抜けない習慣は大抵が悪癖だ。考えたところでどうにかなるものではないのだが、この習慣を断つことはできなかった。

 彼女が城を後にして、1年。ロイドについて森の深くまで這いずり回り、森林管理官の乗る馬の蹄の音に耳をこらし、クラナドのグループ同士の諍いを収めては、血気にはやり蜂起を画策する者たちをなだめた。暦を辿るまでもなく、森は表情豊かに移ろっていき、新緑はあっと言う間に赤や黄色に色づいた。今アランが寝そべる地面には冬に落ちた葉が降り積もっていたが、その間から、春を探して、か細い緑の芽が顔を出している。

 ロイドは、知っていて自分を同行させたのだ。アランは歯噛みした。旅の間に余りに多くの悲しみを見てきた。飢えのせいで子供を喪った親、トルヘア兵に親を奪われた子、兄弟に友人、手足を奪われたものもいる。逆に言えば、何も喪っていないものなどいない。

 それ以上に彼女の心を締め付けたのは、彼らが抱いている希望だった。いつかはこんな生活が終わる、いつかは栄光の時代、平和な世が戻ってくると彼らが信じているせいだった。頑迷なまでに。

 待つのだ、と、ロイドは彼らに言う。待つって、何を?その傍らでアランは思う。ロイドが説得しようとする者達も同じ事を言う。

「セバスティアヌス、か」

 ゲオルギウス二世の子。彼は国教を立ち上げたゲオルギウス一世の息子だ。ゲオルギウス一世が死んだ後、王位を継いだのは先王の弟アントニウスだった。しかしアントニウスは戴冠してからわずか2年で死んだ。暗殺されたともっぱらの噂だし、それを疑う理由もない。そして次ぎに王座に就いたのが現在の王ゲオルギウス二世だ。彼は、喪が明けるやいなやアントニウスの息子マルカスを西の海へ送り出した。エレンの敵情視察という名目だったが、それが体の良い厄介払いだと言うことは誰の目にも明らかだった。結局マルカスは帰ってきていない。敵情――海に立ちこめる霧の中に潜む敵――がいかなるものか、この事実が如実に語っている。あれから何年もたった。ゲオルギウス二世は、今度は息子をエレンに送り出すと言う。怪物のえさにするためではないだろう。何か策があるのだ。そして、セバスティアヌスは父親に期待されている。

 エレンの王座を望む男。一体どんな気持ちで、この夜を過ごしているのだろう。彼が吸い込む空気の味は、どんなだろうか?苦い?それとも甘い?どんな顔をしているのか、どんな人間なのかは全くわからない。ただ、トルヘアの王の血を継いでいると言うことだけ。自分がエレンの王の血を継いでいるのと同じように。

 捧げられた肉のように目の前に横たわる敗国の王と、喉から手が出るほどその肉をほしがる戦勝国の王。2人とも、同じ舞台に立ってにらみ合うことになるのだろうか。もし、自分が、王の血を受け入れたら。

 不意に、風が巻き起こって、たき火の後から小さな火の粉が舞い上がった。驚いたようにくるくると回って、闇に解けてゆく。虫の声が、雨音のように森の中に降り注いでいた。


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