【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-11
「ああ。だが、長の考えることもよくわかる。あの知らせを聞けば、誰もが不安に思うだろう……馬鹿なことをしでかす奴らがいるかも知れない。西海の海賊どもみたいに」
「エルカンのこと?」その名前を口にする度に子犬のように飛び跳ねそうになるアランを横目で見て、グリーアはため息をついた。こいつもその馬鹿なことをしでかしそうな奴らの一人かもな。
「統率もとれてない有象無象が、自棄になって巨大な力に立ち向かったって、勝算はない。勢いでどうにかなるのは最初だけなんだよ」
「なんだ」アランはつまらなさそうに言った。「結局ロイドは、おとなしくしてろって言うつもり?」
「そうだろうな。何するつもりだと思ってたんだ?」長身のグリーアが、おもしろそうにアランを見下ろした。
「別に。ただ……みんなで立ち上がろうとか、そう言うことを言うのかと思ってたんだけど」
「お前らしいよ、全く」森の中を歩き慣れている彼は、猫のようにしなやかに歩く。肩に背負った矢筒がカタカタと音を立てないほど、その足運びには油断がない。アランの頭はひょこひょこと動くので、無造作にはねる短い髪が絶えず小刻みに揺れていた。
「もしかしたら、お前の言うことも正しいのかもな」グリーアは小さな声で言った。
「え?」
「そろそろお前に決断を迫るかも知れない……潮時だろう団結するには」
アランは眉をひそめた。考えないようにしてきたことだった。
「まさか」
「マーセラを見ただろう、あのアラニ達を。目をぎらぎらさせて、破裂する寸前だ。これ以上の辛抱は、いくらロイドが説得しても無理だ。誰かがどこかで口火を切れば……炎はあっという間に広がる。統率のとれていない戦力がばらばらに暴れ出す……トルヘアにとっちゃ、鎮圧するのは造作もない。向こうには神の名の下に結束してるんだからな」
グリーアの言うことは正しい。ロイドが、エレンの難民に蜂起を呼びかけるには、皆を団結させる大儀時っかけが必要だ。セバスティアヌスを倒すための戦い。故郷を取り戻すための戦いだ。エレンの王の血を継ぐ正統な王と、トルヘアの神が正統であると認めた王。故国を失うか、それとも取り戻すか……。アランはそんな考えを振り切るようにもう一度頭を振った。王冠を戴く資格など無い。長い旅の間に、様々な物を見てきたが、自分が王になるにふさわしい人間だと思えるようなことは何一つ無かった。人々の期待の大きさと、自分の非力を痛感するだけだ。