昏い森-8
*
次の夜、森羅は暗夜を連れてきた。
暗夜は如何にも面倒臭そうに、暁から少し離れて立っている。
今は人の姿で、森羅に殴られたのか頬に痣を作り、唇が切れて血がついていた。
「あまり俺を煩わすなよ、暁」
大義そうに呟いた。
暁はそれでも、嬉しくて嬉しくて思わず暗夜の元へ駆け寄る。
すると、暗夜は言葉と態度とは裏腹に暁を引き寄せると、自分の胸中に収めてかき抱いた。
暁は暗夜の顔をみたかったが、きつく抱きしめられていたので、それも叶わない。
暗夜は暁の肩に顔を埋めている。吐息が微かに暁のうなじを擽った。
あの香りがする。
甘くて、暗夜を酔わせる濃い花の香のような―。
それは贄が誘う香りなのか、暁自身の匂いなのか、暗夜には分からない。
でも、そんなことどうでもよかった。
暁が愛しかった。
あの黄昏に差し出されたときから暗夜はもう暁のものだったのだ。
だけど。
暁の伴侶に暗夜はなれない―。
暁は何度も暗夜の胸に頬を擦りつけるようにしがみ付く。
暗夜に会えたことが嬉しくて、でもこれ切りで別れなければならないのがどうにも哀しかった。
母もなく、黄昏が去り、暗夜までをも、己の定めが奪おとしている。
自分の血が厭わしい。
定めに翻弄される小さな自分が嫌だ。
何の力もない、ただ妖の贄としてだけ生まれてきた娘―。
このまま諾々と自分の意思とは無関係に、森羅の伴侶となるのだろうか。
―黄昏のように。
温かい互いの身体を離し難くて、それ以上に別れが辛くて二人はいつまでも寄り添っていた。
重なった影を、森羅が貫くように鋭い視線を投げていた。
黄金のように煌く瞳の奥には、暗い炎を宿して。