昏い森-7
森羅は強い。
この森で圧倒的な力をもっている。
恐らく、黄昏も森羅に食べられたのだろう。
王者に相応しい雄々しい風格と絶対的な力。そして少しの狂気を持ち合わせていた。
とても暗夜に敵う相手ではない。
暗夜は結び目だらけで、解けなくなったような複雑な思いを払うように一つ頭を振り、またうとうとと眠りの縁へ誘われた。
溶けるように眠って、暁のことなど忘れてしまえばいいと思いながら。
遠くで、暗夜を呼ぶ暁の声が聞こえた気がした。
*
「お前は馬鹿なのか」
夜になると、今日も森羅は暁の前に現れた。
銀色のさえざえとした毛並みはやはり美しく、森羅自身が淡く発光しているようにもみえる。
「昨日の言葉を忘れたか。他の妖に構うなと言ったはずだ」
身を一つ大きく震わせ、森羅は獣から人へと姿を変えた。
「森は俺の庭だぞ。気付かないとでも思ったか」
黙ったままの暁に近付いて、森羅は意地悪く笑った。
「…暗夜に会わせて」
森羅の黄金色の瞳を見つめて、暁は震える声を絞りだした。
森羅であれば、暗夜の居場所くらいすぐ分かるだろう。
「…やっとしゃべったかと思ったら、お前は正真正銘の馬鹿のようだな」
狼の声が低くなる。
「暗夜に会いたいの。一目だけでも。会えたら、もう暗夜のことは忘れる。貴方の贄になるから」
森羅は半眼で暁を睨むようにみつめた。
考えるように口許に手を添えている。
「一度だけでいいの。…お願い」
暁の声がざわりと森羅の心をかきみだす。
黒い霧のような感情が森羅を覆い尽くそうとする。
…いっそ暁も暗夜も皆、殺してしまおうか、そんな思いがよぎる。
森羅はそれ切り、何も言わず、森へと姿を消した。
暁はその後ろ姿をただ見えなくなるまで目で追った。