昏い森-2
「・・・驚いた。食べられるのかと、思った」
暗夜は、口だけを歪めて薄く笑った。
「食べない。・・・俺は、食べられない」
食べたくてもな。と、ごくごく小さく呟いた。
けれど、それは暁の耳に届いてしまっていた。
贄は、妖たちの頂点に君臨する、覇者にしか食することのできない、極上の妙味なのだ。
「・・・嫌だ。嫌」
暁は思わず溢してしまうと、もういけなかった。
涙がほろりと頬を伝う。
「そんな顔するな。・・・大丈夫。贄といっても、すぐに食われるわけじゃない。贄が死んだ後、お前の身体を貰うことになるんだから」
暗夜が暁の頭を撫でた。
いつの間にか、暁も祖母のような長く、絹のように滑らかな黒髪をもつようになっていた。
でも。
贄となったら、その妖の伴侶として生きなければならないのだ。
「・・・暗夜」
暁は傍にいる守りの妖をみつめた。
多分、自分は今、縋るような目つきをしているのだろうと暁は思う。
妖だからか、表情に乏しい暗夜は今、何を思っているのか、暁には想像もつかない。
暗夜がいい。
暗夜の贄になら、なっても良かったのに―。
暗夜は無表情に、暁を見つめていたが、やがて再び、腕を伸ばした。
雪のように白く、柔らかな暁の頬に触れる。
暗夜の大きな両手で頬を挟まれ、じっと瞳を覗き込まれる。
微かに欲望の色が暗夜の瞳の奥に揺れていて、大きく開いた口が暁に近づいてきた。
今度こそ食べられると思った。
―食べられればいいなと、思った。
だけど、降ってきたのは柔らかい感触で。
ゆっくりと口内を食まれるだけだった。
どんなに望んでも、暁は暗夜の贄にはなれない。
暁はゆっくりと畳の上に横たえられて、着物の帯を解かれた。するりと肌を滑って布が下に落ちる。裸に剥かれた、暁の素肌の上を暗夜の唇が這っていく。
暗夜は、妖となって30年も経たない若輩者だ。
暁の伴侶には、この妖の森を統べる、絶対的な力をもつ者にしかなれない。
つまり、暁の16歳の誕生日は、彼女と暗夜の別れの日になるのだった。