昏い森-10
*
日が暮れていく―。
紅く金色の光を放っていた空は次第に紫がかり、漆黒の闇を連れてくる。
夜が来なければいいのに。
暁の願いも虚しく、無情にも一番星が光る。
今日、森羅と暁は夫婦になる。
贄と森の者は出会って十日目に契りを交わす。
今日はその十日目だった。
そして、暁は―。
着物の上から硬い感触のものをぎゅっと握った。
暗夜―。
黒くふさふさとした毛並み。
瞳は獣のときでも人のときでも、優しくて。
仏頂面で愛想が無くて、でも温かい暗夜が大好きだ。
暗夜、少しだけ勇気をちょうだい。
祈るように心の中で呟く。
意を決して戸外に出ると、今日は満月だった。
森羅の毛並みのような光が森を照らしている。
暁は今更ながらこれから自分のする罪深さに、おののいた。
やがて。
月の光を浴びるように、くらい森から一匹の美しい狼が静かに、滑るように現れた。
淡く輝くような毛並みが森の闇では際立っている。
鋭い眼に射抜かれれば、大抵のものは心を奪われる。
森を統べるに相応しい、その姿。
森羅は身を震わせて、人の姿になる。
「暁」
低く辺りに響くような声が暁を捉える。
いつの間にか森羅は暁のすぐ側にいた。
森羅の静かな表情から何を思っているのかは読みとれなかったが、闇夜に金色を放つ鋭い双眼は暁を射るようだ。
暁が何をしようとしているのか見透かされているようで、恐ろしかった。
座敷で二人は向かい合って座る。
傍らには黒い漆の碗が二つと、切っ先も鋭い短刀が一本、台座に設えている。
森羅は暁から視線を外すことなく、長い爪で自ら腕を傷つけた。
滴る紅い血を碗にと注ぐ。
随分躊躇った後、暁はゆっくりと碗に手を伸ばし、森羅の血を口にした。
人のそれとは異なり、花のような香りがふわりと漂っていた。
あるいは、暁が贄ゆえそのような甘美な味がするのだろうか…。