【イムラヴァ:一部】第十三章 鷹の娘-5
「そうさな」
昔から火の側は、物語が語られる場所、そして音楽が奏でられる場所だった。歌と物語に長けたチグナラたちが駆逐され、昔はどんな城にも一人はいた吟遊詩人たちも、トルヘアの頸綱を恐れて姿を消してしまった。あるいは、異教の物語を語り、悪魔の言葉を代弁した廉で処刑されてしまったか。どちらにせよ、彼らの物語を聞くことはなくなってしまった。
それでも、火の側にはいつも、物語があった。遠方からの客人が、行商人が、時には城の住人が語った。物語に、ずっと遠くの村で起こった奇妙な出来事、流行歌……部屋の中央に据えられた炉には暖かな炎が座りこみ、周りで語られる話にうなずくように、影が揺れる。深い闇と濃厚な光の中では、誰が話をしても不思議な力が言葉にこもっているように思えたものだ。
「エレンにこういう話がつたわっておる。有名な話だから、中には知っておる者もいるんじゃなかろうかと思うがね」
ロイドの物語には不思議な力以上の物がこもっていた。かつて、初めて彼らに出会った時のように、木々も、獣も、風も息を潜める。大きな声で話す必要も、耳を澄ませる必要もない。これは物語という名の魔法だ。
「昔々、世界は暗闇に覆われていた。今は不死の国に暮らす神々も、かつては地上に暮らしていた。その時代、空には常に星や月があって、世界は光で照らされていた。しかし、非常に薄暗く、暖かみのない光しかなかった。木々も獣も、息づく者はほとんどおらず、世界は大変に寂しい場所じゃった。神々の王であり、その産みの親であるブラナとその奥方ヘレンは、世界を栄えさせようと、土塊から沢山の子を作った。ヘレンが形作ったものに、ブレンが棍棒で触れる。すると、それは命を与えられた。こうして神の手により生まれた者達は、死なず、老いもしない霊であった。彼らがこの世にある生き物の祖、つまり祖霊なのじゃ。
しかし、暗闇の中で作った子は、ほとんどが凶暴で、おぞましい姿をしておった。彼らは暴れ回り、共食いをし、王と王妃の宮殿をめちゃめちゃに荒らしてしまった。
2人は、もっと美しく賢い者たちをこしらえる為に明るい光を望んだ。2人には、凶暴ではなく、心根の優しい子もいた。中でも、満月の明かりの下で作られた鷲は勇敢で、兄に似せて造られた鷹は賢かった。2人は、王の望みを叶えるため、東へ、東へと飛んでいった。勇敢な兄は力強く羽ばたき、弟よりずっと早く東の果てに着いた。そこで兄は、水の中できらきらと耀く太陽を見つけた。兄は弟より先にこれを王宮まで運ぼうと思い至った……そうすれば、王は自分のことをほめてくれるだろうと思ったからじゃな。鷲はその爪で太陽をしっかりと掴み、飛び上がった。しかし、太陽は余りにも激しく燃え盛り、彼の足を焦がしはじめた。ようやく兄に追い付いた鷹は言った。
「兄さん、一度その太陽をおろして下さい。貴方の足が燃えてしまいます」
しかし兄は言った。
「弟よ、これは勲を欲した私への罰だ。お前は宮殿に帰り、この事を父上と母上に告げるのだ」
鷹は急いでその通りにすると、王も王妃も痛く悲しんだ。
鷲が彼らの元に帰ると、世界は光に包まれた。しかし、鷲の体は半分以上燃え尽きて、首から上と翼、そして、太陽を掴んでいた足しか残っていなかった。兄は今にも死んでしまおうという所であった。しかし賢い弟は、母が作りかけた生き物の身体を、急いで兄の身体にとってつけた。それは、作りかけの獅子の体だったのじゃ。
それから、兄は身体の半分が鷲、もう半分が獅子という姿で暮らすことになった」ここで、アランは思い出した。幼い頃屋根裏部屋で読みふけったあの本の事を。あれが語っていたのは、この神話だったのだ。アランの腕の毛がぶわっと立った。