【イムラヴァ:一部】第十三章 鷹の娘-11
「俺の名前はグリーア・フィッツスナイプ」その目に驚愕の色が浮かぶのを、グリーアは待った。「あの焼き討ちを生き延びた、最後の鴫の息子だ」
「で、私がどうしてあんたを裏切ったりしなくちゃならないんだ?」アランの目には確かに驚きが浮かんだが、そこに恐怖はなかった。
「私は幾つに見える?」凶暴さが声ににじみ出ている。
「そんなこと知るか」グリーアも怒りをたぎらせていた。しかし、その怒りは、ただ突破口を求めて彼の体内を駆け巡っているに過ぎない。怒りを放出するだけの理由は見つからないまま、新たな苛立ちが積もってゆく。
「ならよく聞けよ、ようやく今年で16だ!しかも、数え年でだぞ」アランはそれが忘れてはならない重要事項であるかのように付け足した。グリーアが頭の中で計算を終える前にたたみかける。
「で、フィッツスナイプの焼き討ちがあった時、私はまだ9つだ!おまけに私は国教の洗礼も受けていない!グリュプサイトを密告する立場にあると思うか?私はそこまで怪しい人間に見えるか?それともお前が底なしの間抜けなのか?」アラスデアが加勢するように低くうなった。この騒ぎに、テントの中で寝ていた2人も外へ出てきていた。ハーディはおびえた顔で困惑していて、一方のロイドは、冷静に成り行きを見極めようとしているように見えた。いつか起こるとわかっていたことが、いま目の前で起きて居るのだというように。
「だが、チグナラの占術者が言っていた!俺が探しているのは子宮と呼ばれる場所に住むルウェレンだと!」
「なら、人違いだ!」アランが吠えた。このグリーアとか言う男は、全く頭が固すぎる!「私の本当の名は、ルウェレンじゃない!」
霧雨は止んでいた。不意に訪れた一陣の風が、木々の葉に憩っていた水滴を振り落としてゆく。アランは、言い過ぎたことに気づいてあわてて口をつぐんだ。
「じゃあ、お前は誰だ?」
「私は……」しまった。口を滑らせてしまった。言いよどむアランの腕を、グリーアがぐっと掴んだ。とたんにアランは、不快感に顔をゆがませる。「放せ!」
「本当の名前を言ってみろ!」グリーアは腕にますます力を込めた。アラスデアがに向かって唸る。アランは、めまいに襲われながら、思わず口走った。
「アラノア!」その声は怒りに満ちていた。「アラノア・タリエシン・グワルフ!」
グリーアは、火傷したかのように手を放し、驚愕に目を見開いた。
月が雲の隙間から顔を覗かせた。木々の枝葉の間から、銀色の光が照らす彼女は、最後の希望。
月光の繭に包まれた誇り高きエレンの鷹の娘。
「やはり……そうであったか」ロイドがつぶやいた。「なんと、なんとまあ……」
アランは、あっけにとられて目の前の光景を見た。ロイドが跪いている。ハーディーも、アラスデアも、グリーアでさえ。あの日、本当の名前を領主から返してもらった朝、まるで口にしてはいけない呪文を教えてもらったような気分だったのを覚えている。今まさに、彼女は禁断の呪文を唱えたのだ。アランは、自分が取り返しのつかないへまをしでかしてしまったことに気づいた。
「やめてください!やめろ!」最後の言葉は足下のグリーアに対してだった。言いながら乱暴に首根っこを掴んで立たせようとする。
「私はそう言うんじゃ……あんた方の思っているような人間じゃない!」ばたばたともがきながら、なおもグリーアを立たせようとしたが、無駄だった。ただ一人ハーディだけが、顔だけを上げてこの光景を呆然と眺めている。