虹-1
3年間、全く音沙汰無しだった姉ちゃんが突然帰ってきた。
俺の部屋をノックもしないで開け放って、ニコニコと手を振っている。
「やっほー。虹太、出掛けるよ」
姉ちゃんはいつだって急な奴だった。
急に思い付き、思った通りに行動する。少しぐらい考えろと思う。
道具も無いのに魚釣りをしようとしたり、肝試しだと言って夜中に家の裏の林に入ったり。
小さいながらも、付き合わされる方の身にもなれと若干の憤りを感じていた。
しかし、それを断れば正義の鉄拳が飛んでくるので、俺に拒否権は無かった。
小さな頃に染み付いた感覚は凄い。
10年以上経った今も、訳が分からないと思いつつ、現に俺は姉ちゃんの後をついて歩いているのだ。
ああ、これこそまさにあれだ。
「あのさー、三つ子の魂百までって諺知ってる?」
俺は隣を歩く姉ちゃんに問い掛ける。
「はぁ?当たり前じゃん。虹太が知ってて姉ちゃんが知らないことはこの世に存在しないの」
女版ジャイアンめ。
そのセリフは小さい頃から何百回も聞いたぞ。
「あ、ちゃんと意味分かって姉ちゃんに聞いてんでしょうねぇ」
姉ちゃんがギロリと睨む。
「知ってるよ!」
「何?言ってみ」
「えーと、3歳まで覚えたことは100歳まで忘れないってこと」
「そうそう、まぁそんな感じ。ちょっとは成長したようですね」
姉ちゃんが3年前と変わらない笑顔で笑った。
「どーも」
姉ちゃんは俺より頭が良く、しょっちゅう俺にナゾナゾや問題を出した。
今思えば年相応の問だったのだろうけど、当時の俺にとってはめちゃくちゃ難しいものだった。
自分で言うのも悲しいが、俺はアホだ。
夏休みの宿題は、姉ちゃんにぶん殴られながらやった記憶しかない。もちろん毎年号泣した。
「じゃ、これ知ってる?」
出ました。姉ちゃんの『コレシッテル』。
「虹が出たら宝探しをするの」
「は?」
どこぞで仕入れてきた論理的豆知識をいつものごとくひけらかすと思っていたので、俺は拍子抜けした声を出してしまった。
「あー何その顔。すっげムカつくんだけど」
「すいません、あまりにもアバウト過ぎて。…虹ってあの虹?空の?」
「そう。虹太の虹」
「あぁ、姉ちゃんの虹ね」
「そ」
姉ちゃんは短く答えると前を向いて大きく手を前後に動かし、俺の前に出た。
ちなみに姉ちゃんの名前は『七菜』。俺が『虹太』。
どちらも虹からいただいたものだと、前に父さんと母さんが言っていた。
だからか知らないが、姉ちゃんは虹のチャームが付いたネックレスをいつも首に下げていた。
案外自分の名前を気に入っているようだ。