【イムラヴァ:一部】十一章:The Point of No Return.-1
第十一章 The Point of No Return.
「ヴァーナム様」アランは聞いた。「どうして、男の子の恰好をしなくてはならないの?」
「お前を狙う悪い人たちから、お前を守るためだ」
同じ質問は、これで何回目になるだろう。全く同じ答えが返ってきたのも、また同じだけ。しかし、自分が本当は女なのだと知っている以上、男だと思い込んで生きていくのは決して楽なことではない。
タペストリーや、刺繍をつつきながら女同士で語らう恋物語に、うつつを抜かしたいわけではない。横乗り用の鞍なんて煩わしいだけだし、男に向かってはっきりと意見を口に出すことが出来ないのもまっぴら御免だ。男の子なら、剣の練習も、弓の練習も、狩りに行くことだって出来る。今はまだ空想止まりだが、大きくなって、この城で一番の荒馬にも乗りこなせるようになれば、森に住むという怪物を退治することだって出来るはずだ。
でも、一つだけ、彼女の興味をひくものがあった。それは、女達にだけ着ることを許された美しい洋服だった。ウィリアムの姪のフィオナは、アランより年下だが、かわいらしいドレスを着ていた。甘やかされた猫のような少女が纏う、きらきらした装身具、黄金の刺繍、楽しげに舞い踊る鳥たちが織り込まれた異国の布地……そこまでの贅沢は言わないまでも、一度で良いから、彼女は女の服を着てみたいと常々思っていた。たった一度それを着て、何回かその場で回ってみたら、残り一生の間、女の服を着られなくたってかまわないのに、と。
その機会が訪れたのは、彼女が十三歳になったある日のこと。城に訪れた残党狩りの異端審問官たちが、冷たい刃のような目で城の隅々まで探っていた時のこと。アランはいつものように、屋根裏部屋の薄暗い一角で、あの日ウィリアムと一緒に発見した美しい本をめくっては、空想をふくらませていた。ふと、静かに本を読むのに飽きて、他の部屋を探検してみたくなった。廊下に出ると、太陽の光が屋根のスレート越しに空気を暖めていた。隙間から差し込む日の光がむき出しの木の床に突き刺さり、所々に斑点を作り出している。アランは上機嫌でその日だまりを踏みながら、長い廊下を歩いた。屋根裏部屋には十五の部屋が長屋のように並んでいて、それぞれが下女や洗濯女にあてがわれていた。異端狩りの兵隊は、滅多にここにはやってこないから、アランはいつもこの屋根裏に隠れることにしていた。
ここはナタリーの部屋、ここはアマンダの部屋、ここはシェリーの……。整列した兵隊のように、同じ表情の扉が並ぶ。ふと、その中の一つに、少しだけ開いているものがあった。アランは、そっと近づいて中を覗き、思わずため息を漏らした。
綺麗なドレスが、部屋の中央の縫い物台に掛けられて、針子の仕上げを待っていたのだ。丈は短い。おそらく、ウィリアムの姪の誰かのためのものだろう。アランは、部屋の中に誰もいないのを確認して、そっと中に入った。小さな窓から入り込む光に、金糸や宝石がきらめいて、まるで夢のように美しいドレスだった。袖には繊細なレースがあしらわれて、動く度にそれは優雅に見えることだろう。アランは素早く、開いたままのドアに目を向けて、こそ泥のようにドレスを持ち上げた。豪華な装飾が施されたそれはずっしりと重かったが、胸に当てて身体を揺らす時らきらと光って本当に綺麗だった。
それだけで満足しておけば、と、後に彼女は思う。欲を出して、袖を通してみたいなどと思わなければ、あんな事にはならなかったのに、と。
しかし、血の中に無謀が流れているアランはそうした。分別が彼女の好奇心に勝つほど強くなるのはこの時より後のことだ。下穿きを脱ぎ、シャツを脱ぎ、さらしまで外した。彼女は下着とタイツだけの恰好で、美しいドレスを身に纏った――