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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】十一章:The Point of No Return.-2

「おい、そんなところで何してる?」

 男の気配には、全く気づかなかった。もう少しだけ分別があって、もう少しだけ警戒心があったら、階段を上ってくる男の重い足音に気づいただろうに。アランはとっさに言い繕うことも出来なかった。男の着ている真っ赤なブリガンディーンは、紛れもなく、残党狩りをしに来た、国教会の異端審問官の軍服だった。

「ははあ。おまえ、下働きのガキだな?」アランの短い髪と汚れた顔を見るや、男は言った。それから、アランの着ているドレスに目をやる。「おや、おや、おや」男は心得顔で笑った。

「見上げりゃ首が痛くなるほど身分が違う女の服か……自分に似合うとでも思ったのか?」人を小馬鹿にしたような薄ら笑いにも、今は恐怖しか覚えない。

「だ、誰にも言わないで……」自分でも、こんなにか細い声が出ることに驚いた。女の服を着れば、心まで女なるのだろうか。近づいてくる男。彼女は腰回りをまさぐって、剣を帯びていないことに気づき、呆然となった。男は、蓄えたあごひげを掻きながら、アランを見下ろしてなにやら思案しているようだった。心臓が、骨を打ち破って床の上に転がり落ちそうなほど打っている。内蔵がかき回され、背骨が氷の棒に変わったように思える。

「しーっ」男は言った。「静かにしな」その息は、エールとニンニクを混ぜて腐らせたような匂いがした。何日も風呂に入っていないのだろう、饐えた汗の臭いに吐き気がこみ上げそうになった。

「良い子にしてるなら、黙っていてやるぜ――」男はアランにかがみ込んだ。男の息が顔にかかる。首を振りたくても、口を押さえる手が大きすぎて、出来ない。男の大きな身体が、彼女を壁に押しつけて――

 アラン……アラノア……

 いやだ、私の名前を呼ぶな。身体が揺さぶられる。背骨が壁に当たって、ごつごつと音を立てる。痛い、引き裂かれるようにいたい。もうやめて。私の名前を呼ばないで――

「アラン、ねえ、アラン……」



「やめろ!」

 あたりは暗闇に包まれていた。男はいない。ちゃんと男の服を着ている。腰には剣があり、鎧もつけたままだ。何より、ここはコルデンの屋根裏部屋ではない。全てを確認し終えてから、彼女は重く深いため息をついた。空気は冷たく清んでいて、それだけで気持ちが洗われるようだ。

 この間の侵入者のせいで、封印していた記憶が完全に蘇ってしまった。また再び鎮めるのに、長い時間がかかることだろう……。

「アラン!」

夢の狭間と地面の両方からがばっと身を起こして辺りを見回すと、目の前の小さな陰が彼女を呼んでいた。

「ハーディ?」アランは信じられない思いで言った。そして辺りを見回し、誰も起きていないことを確かめた。「何でこんな所に!」

 少年は体中をふるわせながら、アランにしがみついた。「よかった!お願い、助けて!」

「どうした?」アランは可能な限り声を落として聞いた。

「長が怪我をしちゃったんだ……血が止まらなくて……頼れる人が誰もいないの、みんな、みんな死んじゃったんだ!」この小さな少年は、彼の周りにいる者達が、仲間を殺した張本人であることをしっているのだろうか?だとしたら、ものすごい勇気を要したことだろう。アランは胸を打たれた。泣きべそを掻くハーディを落ち着かせ、出来る限り治療に役立ちそうなものをかき集めた。アランはそのままハーディをブルックスにまたがらせ、そっと野営地を後にした。月は高く昇り、夜闇になれた目にはまぶしいくらいだ。あたりの様子はくっきりと見えた。兵士達はテントの中で、大きないびきを掻いて眠っている。夜通し起きて居るはずの見張りが居るはずだが、アランの居るところからは見えない。どこかへ用を足しに行ったか、あるいは疲れ果てて眠ってしまったのだろう。アランは何度も後ろを振り返りながら、一番近くにある、森の陰の中に入った。


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