【イムラヴァ:一部】十一章:The Point of No Return.-3
ハーディは、真っ暗な森の中でも迷うことなく、仲間が隠れている洞窟までアランを案内した。そこは、洞窟と言うよりは、小さな二つの崖の隙間とでもいった方がしっくりくる場所だった。黒々とした岸壁には蔦が這い、足下はほとんど羊歯の葉に覆われていた。崖の上には、ほっそりとした若木がしがみつくように生えて、細かい緑の葉を広げている。しめった岩肌が、月に照らされて銀色に光っていた。
ブルックスを表の木につなぎ、荷物を担いで慌てて洞窟に入る。
「気をつけてね、滑りやすいから」ハーディはそう言いながら、ぴょんぴょん跳ねるようにさっさと洞窟の奥へ言ってしまう。見失う前に、アランもおっかなびっくり歩調を早めた。
不意に、濃厚な血のにおいの塊にぶつかり、思わず立ち止まりそうになった。空気のこもった洞窟に、恐怖と、すえた汗の臭いと、金気臭さが充満していた。
「アランを連れてきたよ!」
「ハーディ!なんてことをしたんだ、お前は!」
洞窟に居たのは、ハーディを加えても十人に届かないエレンの難民――クラナド達だった。暗闇に光る獣の目と、かすかに光る人間の目が、一斉にアランの方を向く。この少年は、大人達の制止を振り切って助けを求めにやってきたのだろう。
「でも、誰にも見つからなかったんだ!」
「そう言う問題じゃない!」ボーデンの声だ。腕に傷を負ってはいるが、包帯を巻かれ、血も止まっているようだ。暗闇に慣れた目に、見覚えのない顔がちらほらとうつった。その中に、あの男が居た。とたんに膝が強ばる。
「お前……!」
間違いない。城で自分を襲ってきた男だ。あの男は死んだと、ウィリアムは言わなかったか?もしかしたら、彼が殺したのは別の男だったんじゃないのか?取り逃がすなんて、何てことをしたんだ!
そいつはアランのことを敵意のこもった燃えるような目で見返した。とたんに、怒りが恐怖を圧倒する。アランは警戒と怒りを込めてにらみ返した。
「何をしにここへ来た!一人残らず殺し尽くさないと気が済まないか!」男は立ち上がると、即座に剣を抜いてアランに向かってきた。「その前に、貴様だけは俺が殺してやる!」
「グリーア!この人は味方だよ!」ハーディーが男にしがみついた。ということは、どうやらこいつはクラナドの仲間らしい。
「この間から、一体何をとち狂ったことを言ってるんだ?」アランも剣に手をかけながら、食いしばった歯の間から言葉を絞り出した。「貴様など、名前も知らない!」
男の姿形は人間だが、その目は闇の中でらんらんと光っている。この男が人間の皮を被った獣だと正体を明かされても、驚きはしないだろう。