【イムラヴァ:一部】九章:籠の中で、鳥が-1
第九章 籠の中で、鳥が
「なぁ、話せばわかる……」
「黙っていろ」
歩き回る靴の音が、薄暗くしめった地下牢にこだましていた。せんの騒動でたたき起こされた従者のフランシスが、地下牢の出入りぐちから不安げにウィリアムをのぞき込んで、言った。「領主様のお帰りをお待ちになったほうがよいのでは……」
「その必要はない。僕がこいつの処遇を決めてやる」次期領主の断固とした物言いに、従者は頭を下げて引き下がるほか無かった。扉が閉まる音がすると、ウィリアムは歩き回るのをやめ、侵入者をまじまじと見た。髪の毛は漆黒の闇の色、肌は浅黒い。おまけに、瞳の色まで真っ黒と来ている。朝の光の中で見ても、松明二本で照らされた地下牢で見ても、印象は変わらない。いかにも胡乱な男だ。彫りの深い顔つきはどことなく変わっているが、チグナラの一族であることは間違いがないようだ。チグナラだと!信頼が置けるとはとても言えない連中だ。おまけに左目が失われている。最近噂になっていた、あの無法者の特徴にぴったり一致する。
「お前の名は――」
「クリシュナ」男は舌の上で転がすように自分の名前を口にした。時にその名が呪文のように作用するのを知っているのだろう。低い声は大きな獣のうなり声のようで、自信と危険に満ちていた。「俺が一体何をした?せっかくお仲間を助けてやったのに」
「そっちの名は知ってる。本当の名は!」ウィリアムは男の言葉を無視して言った。
「まあ聞けよ。こうしてる間に、あの男はどんどん遠くに逃げちまってるぞ」男の方も、ウィリアムの要求を無視した。
「門番に守衛……側近まで!出会ったやつは片っ端から手にかけるのがお前の主義だったとはな。見損なったよ、大泥棒」
「俺じゃないと言っているだろう。それにあいつらは死んじゃいないさ……伸びてるだけだ、情けなく」クリシュナは頭をボリボリと掻いた。長い髪が後ろで一本に結わえられていたが、髪は乱れ、ほつれ毛があちこちから飛び出ている。「俺は、わざわざ捕まえてやろうとしたんだぜ」
「それで、逃げられたというのか?お前が作り出した架空の侵入者に?」ウィリアムは鼻で笑った。「僕だってもう少し上手い嘘がつけたろうさ。お前の名前が書かれた手配書を見なかったのか?こんな辺境の村でも見逃すなんて出来ないくらいそこら中に貼ってあるのに。それなのに城に入り込んで、ただで済むと思ったのか?」ウィリアムは、勝ち誇ったように顎をそらして男を見下ろした。
「どうしても信じないなら、聞けばいいだろ、あの女に」
「あの女?」ウィリアムの身体を流れていた血が固まった。「誰のことだ?」
「ほら、襲われてた女だよ……金髪で、男みたいななりをした――」
ウィリアムは素早く剣を抜いた。今すぐにここで、この男を手打ちにしてやるという気迫が、檻の中に瞬時に伝わった。にもかかわらず、クリシュナは動じなかった。
「何故女だとわかった?」城に住む誰もが聞いたことの無いような声だった。心優しいウィリアムに宿っているとは想像も付かない、怒りのこもった声。「お前は何者だ?何をしにここに来た?」
答えたクリシュナの表情も、同じくらい凶暴だった。抜き身の剣を見たとたん、眠たげな隻眼が急に獣のように輝く。お前らが秘密を抱えてるのはわかってるんだぜ、とでも言いたげな、与太者の目つき。ウィリアムはいっそう警戒心を強めた。