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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】八章:クラナド-9

「お前が殺した者達の恐怖を、味わって死ね!」

 男の手には短剣が握られていた。冷たい刀身が首に当たる。凍っていた体中の血が、今度は勢いよく巡りだした。このまま首を切られたら、きっと血が噴き出すのだろうと、恐怖に混乱する頭の片隅で誰かが言った。

「おい!」

 その時、二人のものとは全く別の声が、どこかから聞こえた。男は声のした方に首を巡らせ、その隙に首に当てられた剣が少しずれた。アランは渾身の力を込めて足を振り上げた。男はうっとうめいて地面に崩れ落ちる。どうやら急所に命中したらしい。手を放されたアランは、蛙のように無様に、石の床に這いつくばって思い切り空気を吸い込んだ。そしてすぐさま立ち上がると男に背を向けて走り出し、大声で叫んだ。惨めで、情けない声だった。「曲者!曲者だ!」自分でもそれがわかったが、叫び声を上げるのを止められなかった。だれか生きていて欲しい、一人でも良い。それだけに望みを託して、でたらめに大声を出しまくった。

「おい、待て……!」男――二人の内のどちらだったかはわからない――もアランの後を追おうとしたが、アランの声にたたき起こされた衛兵達が、すぐさま渡り廊下に集まった。「曲者だ!侵入者が居るぞ!」

 アランは、立ち止まらずに走り抜け、自分の部屋の戸を思い切り閉めた。後のことは、側近のライルか、ウィリアムがどうにかしてくれるだろう。もういやだ、これ以上関わりたくなんか無い。疲れがどっと押し寄せる。外套や、剣を次々に脱ぎ捨てながら、這うように卵のそばに向かった。恐ろしさに震え、体中の動きがままならない。とにかく何かにすがりたいと思った。卵を抱いて眠り、物言わぬ友人のぬくもりに触れたかった。

 声をかけて、窮地から救ってくれた人がいた。一体誰なのかわからない。聞き覚えのあるだった。ずっと昔に聞いたような気がする。でも、そんなことはどうでも良い。何もかもが、もう、どうでもよかった。


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