ジャスミン-4
背中に人の気配を感じ目を覚ますと、うしろから豊の腕が回されていた。
「ん?ゆた…か?」
「ごめん莉子…起こしちゃったか?」
布団の中で温まった体とぼんやりした頭に、豊のやわらかな声が染み込んでくる。
「…終わったの?」
「うん…寝ようか」
豊の脱力した腕が私のウエストに巻き付き、そこから彼の温もりが伝わってくる。
…なぜだろう?
彼は寝息を立てる私に背を向け、眠ってしまうことだって出来たはずなのにそうしなかった。
もしかして、私が覚悟を決め豊の部屋に泊まったことに、目をそらさず向き合ってくれたのかな?
今私が振り向けば、彼はきっとキスしてくれることだろう。
それ以上を望めば、たぶんそれだって叶えてくれる。
事実さっきから私の太ももあたりには豊の欲望の証を感じていた。
何でもないように振る舞う豊の心臓だって、きっと私と同じくらい速いリズムを刻んでるはず。
たしかにさっきまでの私は、豊に抱かれる覚悟をしてた。
彼の気持ちが他の子に向いていて、これ以上2人の関係に進展が望めなくても、このどうにもならない豊への思いを鎮める為には、もうそれしか方法が浮かばない。
1度だけ豊に抱かれ、それですべてを終わりにしよう。
それがひと月の間、彼を好きでい続けた私の答えだった。
それなのにどうだろう?
こうしてすぐ近くに豊を感じているのに、彼の気持ちが今ここにないことがたまらなく苦しい。
豊と体を重ねたところで、決して心が満たされることはないのだと、この時私は確信した。
居たたまれなくなり、涙が頬を伝った瞬間…私はとっさに豊の腕をすり抜けていた。
「どうした?莉子…」
心配した豊がそう聞いてくる。
「私さ…ちょっと水飲んでくるよ」
「…うん」
戸惑う豊の声を背中に聞きながら、私はそっと部屋を出た。
ダイニングのソファーに、抜け殻みたいなふわふわした体を横たえる。
冷んやりした合皮の側生地が、熱を帯びた私の皮膚から体温を奪っていく。
シーンと静まり返るこの空間が、現実の世界へと私を引き戻していくようだ。
今さっき豊の部屋で起きたことが、もうすでに遠い夢の中の出来事みたいに感じられた。
「あーあ。結局何も始まらないまま終わっちゃったんだ…」
声に出してそう言ってみたら、もう悲しみが止まらなかった。