あべ☆ちほ-22
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「人を殺したいって思ったことがある方?」
たまのアルバムの流れる病室から彼女は唐突に話を始めた。
人類がピテカントロプスになる日が近づいていた年末の差し迫るある日のこと。珍しく起きていた千穂はそう言った。熱のこもったいたずらっぽい子供の目で。
それはいつだったかの会話の焼き直し。ほんの少しだけ積み重ねた僕と千穂の記憶のパッセージ。
「方、って言うのは?」
もちろん僕はその手にのる。テンプレに沿う。会話をつむぐ。
僕がその言葉を口に乗せると千穂はうれしそうににぃっと笑って続けた。
「人間には2種類あるって思うの。人を殺す人間と、それ以外の人間」
「そんなの言い方次第じゃないか」僕は言ってからちょっと考えて、「ドライカレーのレーズンが好きな人間とそれ以外の人間」アレンジを加える。
「病気で死んじゃう人間とそれ以外の人間」
と千穂は言った。そのままの表情で。もちろん僕もそのままの表情で応じる。だってこれはただのジョークだ。ウィットに富んでるかは別にとして。
「まあそういうこともあるかな。病気で死んじゃうフルネームが四文字の女子高生が該当することもあるかもしれない」
「でも私が聞きたいのは、人を殺したいと思ったことがある?ってこと」
「そりゃあある、と答えたいところだけど僕はないかな。だれも殺したくなんかないよ。死んで欲しくもない」
僕はそう言ってみた。ジョークまみれのぼくの口から出た言葉はやっぱりジョークでしかなくて、つい笑ってしまった。本当のことのはずなのに、この軽さはなんだろう。失敗したポップコーンみたいにスカスカだ。
でも千穂は笑わなかった。だからこのジョークはきっとすべったんだろう。
「そっか。私も、――そうかな。うん。死ぬってよくないよね、なんだかさ。当たり前のことだけどやっぱりやりきれない。最近すごくそう思うよ」
僕はうなずく。