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あべ☆ちほ
【少年/少女 恋愛小説】

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あべ☆ちほ-23

「でも、なんていうか、……ううん、言葉にするのは難しいな。こういうときライトノベルとかだと無理に言葉にしなくていい、とか言ってキスするんだけど、どう?やってみない?」

「みない」

「まさかの即答!うぅ。遊ばれていただけの女だったんだ、私」

「それこそまさかだよ。ただラノベという悪しきレールには沿ってたまるかと僕の魂が叫ぶから。だから今は千穂に言葉にしてほしいかな。その言葉にできない思いを」

「ふふ。そう言われるとなんか恥ずかしいシーンみたいだね。3月の伝説の桜の前みたいな」

はにかむように軽く笑ったあと、千穂は深呼吸して目を閉じた。

僕はじっと待つ。時が緩やかに流れる。

ぼぉ、と空気を揺らめかせるエアコンの暖気。窓の外の木枯らし吹きすさぶ空景色。何束目かになる見舞いの花。既に花びらの淵が茶色く変色している。ベッド横の棚にはクスリの袋と水差し、文庫本が乗っている。文庫本は太宰治著「人間失格」。もちろん表紙絵がついた新しい方のだ。ちゃちな作りのCDデッキからはたまの歌が流れている。背びれのない悲しい金魚を歌った歌。

視線はそのまま千穂の方へ。

薄い水色のぺらぺらのパジャマ。つま先に引っ掛けた緑のスリッパ。痩せた足首に出張った踝が覗いている。血色の悪い肌はカサカサと乾燥している。指の間接部からひび割れた痛々しい手。腕には点滴を打ったあとのガーゼが残されている。緑がかった髪。潤いがなくぱさぱさしている。荒れた唇。色はピンクというには物足りない。ちょこんとした鼻。頬は少しこけたかもしれない。眼。好奇心旺盛できょろきょろと落ち着きのない目。今は閉じられている。空調の風を受け睫毛が震えている。

それは衰えて死にゆく人の姿だった。でも紛れもなく僕が好きな千穂の姿だ。

その事実に胸がぐるぐるした。口を開ければ吐いてしまいそうで、唇をぎゅっと結んだ。そわそわと落ち着かず両の掌を強くジーンズにこすりつけた。

実際に何分だったのかはわからない、ただ長い時間がたった気がした。眠ってしまったのかと思い始めたころに千穂のその荒れた唇から言葉がこぼれた。

「なんかね、全部本当じゃないみたい。そりゃ私の身体を見れば一目瞭然なんだけど、それでもね、死んじゃうってことが全然本当に思えないの。頭ではわかるんだよ?私のいない朝が来て、もちろん世界は変わらなくて、それでもお父さんとかお母さんとか、…それに君もかな?少しは寂しく思ってくれて、駅裏の墓地には新しい墓が立って、冬が終わって春が来て、桜が咲いて散って、そういう風景に私はいなくてって」

言葉はこぼれたんじゃない。溢れたんだ。

「いくら言葉にしてみたってなんにもリアルに思えない。私が消えちゃうってことがちっとも怖いと思えないの。もちろん嫌じゃないかって言われたら嫌だけど、その嫌は死んじゃうことへのじゃなくって、んぅー…、なんていうのかな、病気に殺されちゃうのが悔しいって感じかな。多分。だから明日、この部屋に隕石が降ってきてグッシャンバラバラって私がつぶされちゃうんならそれでいいの。だってそれってば、どうしようもないもんね」

千穂の口から溢れる言葉はリノリウムの床に溜まって足元をぬらし始めた。

「ただこの時間の長い感じ、どうにかできちゃう感じ、もしかしたらって思っちゃう私の意地汚い感じ。それがいちばん嫌なのかも。変かな?変だね。自分で言っててもなに言ってるのかわかんないもん。もうね、なんにもわかんないんだ。でも、そのわかんないを無理やり言葉にするなら多分それなのね。だから――」

一度くぎって、僕の眼をまっすぐ見つめたあと、にっこり笑って、千穂は言った。



「――死にたくないんだ。殺されたいんだと思う」



僕はそんなもんかと思った。

千穂の言葉に腰まで浸かりながら僕は――


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