あべ☆ちほ-2
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「人を殺したいって思ったことがある方?」
さだまさしのベストの流れる病室から彼女は唐突に話を始めた。
海は死にますか?と彼が問うた、街並の淵にうっすらと橙の残る、黄昏を過ぎた時刻。
日が暮れて寺の鐘が鳴ったからカラスどもと早く帰れ、という唄があっちこっちにあるスピーカーからぼんやりと奏でられて子供に帰宅時刻を宣告している頃だ。
千穂の話はいつだって唐突なのだ。
「方、っていうのは?」
「人間には2種類あるって思うの。人を殺す人間と、それ以外の人間」
「そんなの言い方次第じゃないか。酢豚のパイナップルが好きな人間とそれ以外の人間」
「ボディービルダーの大会を応援する人間とそれ以外の人間」
ボディービルダーの大会?僕が聞き返すと千穂は顔を赤くして、
「あ、あるんだよっ!そういうのが!見たことある?『ナイス腹筋!割れてる!割れてるよー!!』とか応援するんだよ」
「知らないよ、そんなの。なんでボディービルダーに詳しいのさ?好きなの?好きなんだ?」
「すっ、好きじゃないよぉ!というかボディービルダーはいいのっ!話の骨、折らないでっ!」
んん゛っ!
わざとらしくて、えっちぃ感じのする咳払いをはさんで千穂は話を戻した。
「だからぁ!私が聞きたいのは、人を殺したいと思ったことがある?ってこと」
「そりゃあ、あるよ。オトコノコだからね。いつだってダディを殺して立派なアダルトになってやると思ってたよ」
「それってどのくらい?」
どのくらい?
どのくらい殺したいか、ってことなのだろうか。
心を読んだみたいに千穂が続ける。
「そう。どのくらい殺したいか。凶器用のシャベルを買っちゃったとか、死体の処理なんかの細かい作戦立てたとか、そういうの」
「そういうイタタなのはないかなぁ」
「私にはあったよ。パパの再婚相手。私のいろんな作戦で、あの人100万回は死んだね」
「100万回死んだ再婚相手。……100万回生きたねこって最後はどうなったんだっけ?」
「死んじゃうんだよ。でも再婚相手はちゃんと生きてる。パパと夫婦して、私のこと心配してる。『千穂ちゃん。がんばろうね!心で負けなけりゃ大丈夫だから!』って」
口を尖らせて再婚相手の真似をする千穂はとても同級生だとは思えないぐらい幼くて、なんだかそれは悲しい光景のように見えた。