【イムラヴァ:一部】八章:クラナド-6
「でも、人間は、霊の血を継いでいないんですよね」幾分残念そうにアランが聞くと、ロイドはゆっくりと言葉を探しながら答えた。
「言ったじゃろう。全ての自然に、霊は宿って居るよ。自分を人間と呼ぶか、クラナドと呼ぶかは、その人次第じゃ」
自然の中に、霊は宿る……とすると、人間は自然?私も?
「私の中にも、霊は居ますか?」
ロイドは優しく微笑んでうなずいた。「もちろん。霊は常に我々に語りかけておるよ。もし、注意して耳を澄ませれば、彼らの声が聞こえるはずじゃ。夕食前の厨房を飛ぶ蠅の、羽音のように幽かな声ではあるが」アランはその例えに笑って、それから大きな欠伸をした。
「さて、そろそろ城に帰った方が良いのではないかな」ロイドが言い、立ち上がった。「東の空が青くなってきた。夜明けが近い」その言葉を裏付けるように、ハーディも大きなあくびをした。「服は乾いたかね?ルウェレン殿」ロイドが言った。
「ええ、すっかり乾きました。そろそろおいとました方が良いようです」アランは慌てて立ち上がった。一体どのくらい彼らと一緒にいたのだろう?こんなに時間が経っているとは思っていなかった。
「帰り道はわかるのかい?」ボーデンが言った。アランはうなずいて、堅パンをくれた狐のクラナドに礼を言った。
「また来てくれる?」帰り際、ハーディがアランの足に抱きついて言った。アランは少年の頭を撫でて、「そうだね、いつかまた会えるかも知れない」とだけ言った。
悪魔であろうと無かろうと、アランは彼らに好感を抱いた。そして、悪魔であろうと無かろうと、彼らが教会に見つかったらただではすまない。おそらくそれこそが、クラナドたちが森の中をさまよわなくてはならない理由なのだろう。そこまで考えて、アランは悪魔についてロイドに尋ねるのをすっかり忘れていたことに気がついた。同じ森に居るなら見たことがあるかも知れないのに。しかし、東の空はどんどん明るさを増している。早く城までたどり着かないと、一人で出かけていたのが見つかってしまうだろう。これ以上話をする時間はなかった。アランはもう一度みんなに礼を言い、急いでその場を後にした。
「くれぐれも気をつけてください」アランは去り際に言った。「この森には、悪魔が潜んでいるそうですから」その後皆がどんな反応をしたか確かめる術はなかった。しかし、彼女の背中にロイドがかけた「ありがとう。じゃが、心配無用じゃ。真に恐ろしい悪魔は、森の中にはおらん」と言う言葉に、なにか引っかかるものを感じた。
暗い森でも迷わないことにかけては、アランの勘は他の人間の群を抜いていた。普通の人間なら迷うような森の中でも、アランはまるで地面に矢印が書いてあるかのようにまっすぐに帰り道を辿る事が出来る。そんな彼女の姿を、静まりかえった森の木々が、じっと見張っているような気がした。