投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

【イムラヴァ】
【ファンタジー その他小説】

【イムラヴァ】の最初へ 【イムラヴァ】 43 【イムラヴァ】 45 【イムラヴァ】の最後へ

【イムラヴァ:一部】八章:クラナド-2

 その昔、グレンが森で見たものとは、これだったのだ。

「なんだ、あれは……」

 ボーデンと呼ばれた男は、屈強な体つきの人間だった。着ている服は粗末で、長い髪はもつれてぼさぼさだったけれど、人間であることに間違いはない。しかし、川岸の岩の上から、川の中をのぞき込んでいる少年は、間違いなく人間ではなかった。人間の顔があるべき所に、犬の頭がついている。仮面ではない。あんなに精巧な仮面があるものか。アランは息をするのも忘れて、少年を見つめた。尻から伸びているしっぽが、楽しげに揺れている。あの歌になんとあったっけ?エレンには何がいるんだった?そうだ、「歌う獣」だ。目の前の子供は歌っては居ないが、言葉を話せるのだから歌だって歌うだろう。とすると、目の前にいる彼ら――と、ブレンが見たという一団――はエレンの民なのか?

「ねえボーデン、魚ってどうやって寝るのかな?」

「泳ぎながら寝るのさ。そうしなきゃ、目が覚めた時には海まで流されてら」川の中にいる魚が動くたびに、彼の耳もぴくぴくと動いていた。その間にも、ボーデンは持ってきた桶で手際よく水をくんでいる。

「じゃあ、こいつも寝てるのかな。目を開けたまんまだから、寝てんだか起きてんだか分かんないや」少年はクスクスと笑った。獣の顔でも、あれほどに表情を浮かべることが出来るのだと、アランは密かに感心した。

「何のために付いてきたんだか、ハーディ。帰りは桶を持ってくれよ」男は文句を言ったが、口元は優しげにほほえんでいた。

「はーい」ハーディは歌うように答え、川の中の魚に手を伸ばした。今のやりとりを見ていたアランは、いつの間にか自分の口元がほころんでいることに気づいた。はじめのショックを乗り越えてしまえば、半分獣の人間――あるいは、半分人間の獣――の存在にも、あまり抵抗を感じない。おとぎ話や物語の中で、何度も彼らのような存在に出会っていたからかもしれない。心は、こういう人たちが存在することを、理解していたのだ。きっと、ずっと前から。これまで生きてきて、実際に足を運んだことがある場所は森に囲まれた小さな村の中に限られていた。自分が、「これが世界だ」と思っていた場所など、それよりも遙かに広い世界の内のほんの一部に過ぎないのだ。自分の知っている常識が全て正しいと思うなんて、あまりに傲慢ではないか?

 話しかけてみようかという考えが浮かんだ。でも、彼らを警戒させることにならないだろうか?

 その時、あっという小さな悲鳴がして、次いで何かが水の中に落ちるドボンと言う音がした。

「ハーディ!」大きな男が狼狽えた声を出した。アランは何か考えるより前に、火の消えたランタンや、剣帯をほどいて放り投げ、茂みを飛び出して川に飛び込んでいた。

 いくら春とは言え、今は夜だ。川の水は驚くほど冷たかった。水に入ってから驚く分にはまだ良い。飛び込む前に知っていたら、きっと躊躇していただろう。何でもない小川だが、水深は浅くないし、おまけに勢いも早い。時間が経てば経つほど、二人の差は開いてしまうだろう。アランはもがきながら下流に流されていく少年に手を伸ばした。泳いでも、差は一向に縮まらない。川底の石を蹴って進むと、ようやく少年の服に手がかかった。そのままかじかんだ手に精一杯力を込めて、握った服を引き寄せた。自ら顔を上げて、掴まるところはないか探す。 

「こっちだ!」声がした方を見ると、さっきの大男が下流の方でアランに向かって手を伸ばして待っていた。アランはハーディを抱き上げたままその手に掴まった。勢いよく引っ張られると、ずだ袋みたいに空中に持ち上げられた。体中が水の冷たさにしびれていたが、地面におろされても、腕の中の少年を抱きしめたまま放さなかった。小さな体はぜんまい仕掛けのおもちゃのように震えている。


【イムラヴァ】の最初へ 【イムラヴァ】 43 【イムラヴァ】 45 【イムラヴァ】の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前