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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】七章:クリシュナ-2

 途中姿を見かけた兵隊達も、一人残らず誰かに気を失わせられていた。誰の仕業か知らないが、そいつはこの城に仕える兵隊全員に恨み、なんとも豪儀な奴なのだろう。彼は再び、石たちの声に耳を澄ませた。

 クリシュナは、中庭に面した回廊脇の階段から二階に上がった。途中姿を見かけた兵隊達も、一人残らず誰かに気を失わせられていた。誰の仕業か知らないが、そいつはこの城に仕える兵隊全員に恨みを持つ、なんとも豪儀な奴なのだろう。彼は再び、石たちの声に耳を澄ませた。

『こっちへおいでなさいな。ずっとあなたを待ってたのよ』なまめかしい歌が聞こえる。なるほど、この城にも自分の崇拝者が居るというわけだ。持ち主の思いを託された宝石が彼に語りかけていた。質実剛健といったたたずまいのこの城も、ふたを開けてみれば、そうお堅いだけでもないらしい。もっと時間があり、この奇妙な焦燥感が心を苛んでいなければ、誘いに乗るのもやぶさかではないが……ドアの隙間から、金色の鎖が伸びているのが見える。竿の先のえさに吸い寄せられる魚になった気分だった。ドアまで近づいて耳を澄ませる。もしかして罠なのではないか?しかし杞憂だった。宝石の持ち主は、夢魔も裸足で逃げだそうかと言うほどの大いびきをかいて眠っていた。教会の教父なら、彼女に悪魔がとりついていると言って、悪魔祓いを断行するかも知れない。おまけに、宝石の方も模造品だった。安い石をそれらしく飾っただけ。持ち主に似るのは飼い犬だけではない。クリシュナはほくそ笑んでその場を後にした。



 その時、不思議な声が聞こえた。今までとは違う、聞いたことのない不思議な声だ。

 それは、大空に恋い焦がれる鷹の、もの悲しい声。こんな声で語りかける宝石には会ったことがなかった。おそらく、持ち主は女。石は持ち主の心を映す。その女は、なんと熱烈な情熱を秘めていることか。これほど深く結びついた石と主を引き裂くことは出来ない。石の恨みを買うことになりかねないから。しかし、石の女主人がどんな顔をしているのか、一目見てみたいと思った。

 クリシュナが、声の聞こえる方に足を向けると、不意に自分の持っていた宝石が、その声に応え始めた。幸い、石の声は彼一人にしか聞こえない。そうでなかったら、城中の人間が目を覚ましてしまいそうな声だ。出所はいったいどの宝石なのかと、宝石を入れてある全てのポケットを探ったが、出所はそこではなかった。ベルトに差した、古い短剣だ。

 正しくは、その柄の先に取り付けられた黒曜石の小さな彫刻だった。いつ手に入れたのかは、文字通り記憶にない。記憶を失う前から持っていたものなのだ。けれども、烏の形を象ったそれは沈黙を貫き、今の今までどんな言葉もクリシュナに投げかけることはなかった。柄に描かれているのは、エレン王家の紋章、グリフィンだ。王家とクリシュナの縁は、星と海の底の石と同じ程度のもの――つまり、皆無――だから、おそらくは記憶を失う前に彼が誰かから盗んだものなのだろう。しかし、失われた彼の記憶を多少なりとも語るかも知れなかった。だが、どんな言葉をもって話しかけても、帰ってくるのは沈黙だけだったのだ。それなのに、今この瞬間、それは烏の耳障りな声を、持ち主の鼓膜を破らんばかりに張り上げていた。

「黙れ、この色狂いめ」クリシュナは、無駄だとわかっていながら小さな烏の像を握った。「どうしちまったんだ?」帰ったら、マルヴィナに聞いてみようと彼は思った。チグナラの大所帯をまとめる女主人にして、彼の魔法の師でもある。彼女なら、この大騒ぎの原因について心当たりがあるかも知れない。


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