【イムラヴァ:一部】五章:この日を忘れることが出来る日-8
アランとウィリアムは、塔の一つから、森の向こうに沈んでゆく真っ赤な夕日を二人で見つめた。
「いつかみんなが、この日を忘れる時がくるんだろうか」ウィリアムの声を、しばらくぶりに聞いたような気がした。そこにかつてのような少年らしさがなかったのが、アランに余計にそんな気を起こさせた。ウィリアムは国教を信じてきた。まるで母を思い出す縁とするかのように。しかし、今日の使節団の行いは、城の者達の心にしこりを残すだろう。
「わからない。でも」煙に荒らされたような、ひどくかすれた声だった。「みんなが忘れても、私は絶対に忘れない」
ウィリアムは何も言わなかった。二人は、夕日の残り火が染めた雲の、最後の一つが闇色に溶けるまで、そうして黙ってそこにいた。庭の火は、日が沈んで夜になるまで、ゆっくりと燃え続けた。
教会の申請を受けた国王から、兵士を募る正式な勅令が出されると、城が厳戒態勢に入るのにそう時間はかからなかった。見張り台という見張り台に人が立つようになり、あの鐘突塔も、もちろん例外ではなかった。
まさに今日から、城の見張り台に見張りが立つと言う日、自分の部屋にいたアランは甲高い鳴き声を聞いて立ちすくんだ。母鳥が殺された!
「や……やったな!」
急いで階段を駆け上った。誰かに見つからないように屋根伝いを行っても無駄だから、領主や見張り番達にとがめられるのを覚悟で最短距離を選んだ。怒りと勢いに任せて塔へと出る扉を開けると、今まさに、見張りの手で、あの鷲の巣が取り除かれ、卵が捨てられようとしているところだった。
「やめろ!!」いきなり現れたアランに驚いた彼は、手を滑らせて卵を4つ、塔の遙か下の地面に落とした。アランは最後に残った一つをひっつかんで、彼が止めるまもなく卵を胸に抱えた。
「アラン……」アランとは顔見知りのその見張り番は、申し訳なさそうな顔をしながらも言った。「だめなんだよ、教会のひとがそう言ったじゃないか。助けたいのは山々だけど……」しかし、最後まで言わないうちにアランが彼に詰め寄り、ものすごい剣幕で言った。
「今見たことを、誰であれ他の人間に言ってみろ!お前の寝首を掻きにいくぞ!」
アランの剣の腕は、この城の誰もが知っていた。それは、女であることを隠すためにひたすらに強くなろうとした努力の成果だった。
見張り番の目に一瞬浮かんだ恐怖を見てから、アランはまたものすごい勢いで階段を降り、自分の部屋に戻った。部屋に入ると、すぐさま扉の鍵を閉め、カーテンを引いてからベッドに横たわった。手の中の、小さな丸い物を見る。気のせいか、この春の初めに見た時よりも、殻が大きく、黄色くなっている気がした。それは暖かくて、堅いのに柔らかそうに思える不思議な物体だった。しかも、その中には紛れもない命がある。
「なあ」アランは、小さな命にささやきかけた。「お前は――お前のことだけは、守ってやるからな」その言葉に応えるように、小さなコツン、という感触があった。