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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】五章:この日を忘れることが出来る日-7

 それから数日後、今度は教会から教父とは別の使いが大勢やってきて、コルデン城を検分した。

 広間には『マクスラス』の名と、その系図が編まれた立派なタペストリーが飾ってあった。 

 アランは小さな頃からそれを眺めるのが好きだった。家系図は、きれいな模様と絵物語で装飾されていて、それは見事なものだった。貴婦人と騎士が手をつなぎ、その下に、彼らの子供が居並び、同じように貴婦人や騎士と手をつないでいる。家系図はヴァーナムとアデレードが生まれたところで終わっていた。タペストリーの頂点には美しい鶫がいる。つまり、名前に現れているとおり、マクスラス家の祖先は鶫(スラス)というわけだ。古い時代の人々は、彼らの祖先である動物を信仰の対象にしていたという。それが教会の気に入るはずはない。教義によれば、彼ら人間を作ったのは、唯一にして絶対の神ただ一人。畜生が自分たちの祖先であるなどという考えを駆逐するのが彼らの使命なのだ。アランを含め何人もが懇願したが、それは外され、惜しげもなく庭で焼かれた。他にも、旧教についての記述がある本や、手紙の類も残らず目を通され、焼かれた。神からの祝福を授かるためという名目で、鶫の名が刻まれたものはことごとく破壊された。アランは、他の多くの者と同じように、燃え上がる炎を信じられない思いで見つめた。アランが領主の部屋の窓を見上げると、分厚いカーテンが現実を拒むようにぴったりと閉じられていた。ウィリアムもアランと口をきこうとしない。おそらく、アランが抱く以上の苦しみにとらわれているのだろう。旧教の名残を滅ぼす炎は、古きにしがみつく彼らを笑うかのようにぱちぱちと、楽しげな音をあげて燃え続けた。

 教会からの使いは、帰り際に厩も検分した。老イアンの叫び声が聞こえたのは、使いの一人が老イアンの寝床を調べるために小屋に入ってからすぐのことだった。

「やめてくれ!その子をどうする気なんだ!」

「教会の教えを忘れたのか!」男は、小屋にいたカレンの首根っこをつかんで外に放り出した。いそいでカレンをかばおうと走ってくるイアンの手が届かぬうちに、もう一人の男が馬上で矢をつがえた。カレンの恐ろしいうなり声が、変にがらんとした広場にこだました。

「お前らのような半端な心構えの信徒が居るから、世が乱れるのだ!」

「頼む、その子だけは……その子だけは!」今にも矢を放とうとする男にイアンは追いすがった。

「神の祝福を受けるためだ。お前もいつかきっと、今日という日に感謝することになるだろうさ」男は冷たく言い放った。

「その子を放せ!」アランは声を上げると同時に、引き絞った矢の向かう先を、同じく弓を構える男に定めた。もう限界だ。これ以上、国教の横暴を看過することはできない。急いで駆けつけたせいで息を切らしてはいたが、狙いはぴくりともぶれない。

「何のつもりだ、坊主!」

「アラン!」ウィリアムもアランの肩に手を置いた。しかしアランは頑なに、弓を緩めることを拒んだ。馬上の国教使節と、アランの間に見えない火花が散った。アランが、怒りに我を失いかけているのは誰の目にも明らかだった。獅子も狼も、今の彼女の前では牙をむくことさえ出来ないと思われた。

「放せ!!」その声色に宿った苛烈な怒りは、その場にいた全員を戦かせた。有無を言わさぬ迫力に、男はとうとう、矢を矢筒に戻した。

「ふん、どのみち、飼い主も犬も老いぼれだ。わざわざ手にかけるほどのこともないな」

「出ていけ!」アランは一言吼え、馬の足下に矢を放った。

 アランとウィリアムは、馬に乗って去ってゆく使いを睨め付けながら、老イアンの肩を黙って抱いた。

「これが神の祝福なのか」イアンは怯えて呟いた。「こんなことが!」

 イアンは答えを求めては居なかっただろう。たとえ求められていたとしても、誰にも応えることは出来なかった。


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