【イムラヴァ:一部】五章:この日を忘れることが出来る日-6
教父は領主とそばに立つ二人を見てこう言った。「あなた方は、我らが友人ヴァーナムの親族かね?」
「どうかお続けください」領主は言った。静かだが、有無を言わせぬ雰囲気に、教父はそれ以上何かを言おうとしなかった。彼は領主の座る椅子に近寄ると言った。
「話というのは他でもない、最近巷を騒がす悪魔どものことです。異形の者達が郎党を組んで悪行を繰り返しております。盗みや暴力、果ては強姦を働き、村を襲っています。そのもの達が、コルデンの森に逃げ込んだのです」
悪魔が?では、テレル一家の話は本当だったのか。アランは思った。地獄からやってきて、人間を食べたり、殺したりする怪物が、コルデンの森に居る?そして、合点がいった。何故この時期に、教会がユータルスに目をつけたのか。
「では、悪魔たちがすぐそこの森に潜んでいると?」ヴァーナムが手を挙げて教父を遮った。
「ええ、ええ、そうです。恐ろしいことに。新たな被害が出るのは時間の問題でありましょう」教父は早口で念を押すと、何度も自分にうなずいてから先を続けた。「ええ、ですから我らが国王は、罪もない民人がそのような悪にさらされている事態を憂い、国教会に属する勇敢な兵を募るおつもりでらっしゃいます。頼もしいご子息や臣下をお持ちでらっしゃるあなただ、もちろん協力を願えますね?」
それこそが、今回の訪問の目的だったのだ。
森は、古い宗教において極めて重要な場所だ。教会の聖域は他ならぬ教会だが、エレンの旧教の聖域は森だった。森は誰もが助けを求めて逃げ込めるような、救いに満ちた場所ではない。危険な獣が住んでいるし、迷い込んで二度と帰れなくなることもある。しかし、森はあらゆる恵みをもたらす場所である。木の実、毛皮や肉を持った獣たち、薪など、生活に欠かせない恵みは森から訪れる。その聖域を兵隊達が踏み荒らすと言うことに、反感を覚えない者はこの村には少なくないはずだ。新教への正式な改宗は、そのことに文句を言わせないための手枷なのだ。
首を横に振れるわけはなかった。断ればたちまちの内に、悪魔をかばった角で火あぶりになってしまう。コルデン城の城主は徴兵に協力することになった。一日の内に、家名を変え、討伐隊の前線基地として、集まる兵達に城を貸し、兵力をも提供することを約束した。
その心労はいかばかりのものであろうか、とアランは一人、部屋に戻ってから考えた。ここを発つのは、もう少し先延ばしにしても良いかもしれない。この上自分が出て行ってしまったら、彼を支える手が少なくなってしまう。そうだ、自分もこっそり悪魔討伐の群に加わり、事態が一段落したらまた考えようではないか。その頃には、この城の者達も、案外新しい暮らしが気に入っているかもしれない。