満月-1
『満月の夜、月の下で』
「……香奈(かな)。香奈ってば」
友人――八千代麻奈(やちよまな)が私に言う。二人掛けのベンチに麻奈と座っていた事を思い出す。清澄大学の経営学部がある三号館の前に二人掛けのベンチがずらっと並んでいる。そこの一つに私たちは座っていた。
「え、え、なに?」
「ボーとしてたけど、大丈夫?」
「うん。大丈夫!」
決してボーとしていたわけではない。今日の夜は満月だろうか、という不安に苛まれていた。
私にはある特殊な能力がある。それを持って産まれたしまった自分を何度攻めたかわからない。それほどその特殊な能力が嫌だった。幸いまだ誰も傷つけていないが、傷つけてしまったらどうしようという気持ちが常にある。麻奈にも他の友人にも特殊な能力があることは相談していない。相談しても何も解決しない事を知っているからだ。
「香奈。あんたの彼氏が迎えに来たよ」
ホールからこっちに来たのは、私の彼氏――向こうから告白されて、勢いで良いよと頷いてしまっただけなんだけど――安倍雄也(あべゆうや)君。
「お邪魔虫は消えますよ」
そう昔ながらのセリフを言いながら、麻奈は近くのコンビニへと消えていく。
「はい」
そう言って彼は私にホットのペットボトルの紅茶を差し出してくれた。季節は秋。まもなく冬が到来しそうなときだ。ずっと外にいたので、ホットのペットボトルは暖まる。
「……ありがとう」
お礼は言うものの、きちんと顔を見れないでいた。『キミを一生守る』と言ってくれたのだから、恥ずかしかった。
「今度さ、デート行かない?」
私が戸惑っていると、彼は私の顔を覗き込み、また言う。
「ダメかな?」
まだ彼の顔を見れないまま返事をする。
「う、うん。い、いいよ」
「やった! じゃあ、あとで連絡するね」
彼はじゃあねとまたホールへと戻っていく。私の心臓はバクバクとなりぱなっしだった。
※※※
「例の娘を誘う事に成功しました」
雅也は白髭を撫でながら、あぐらをしながら座っている白装束の男に向かって言う。
「そうか。あの娘は雅也には似合わない」
「はい。雅也様にはもっといい人がいらっしゃいます」
白装束の男にむかって言うのは、雅也では無かった。雅也に変装した白装束の男の腹心。彼らの願いはただ一つしかない。香奈の存在をこの世から抹殺すること。
※※※
猫のロックを撫でつつ、夜空を見上げる。夜空は雲に包まれている。普通の人であれば見上げることのない夜空でも、私にとっては最高の夜空になる。その反対もあり、月夜の晩は私は絶対に見上げることはない。