『Scars 上』-42
この日は霧浜市最悪の一日だった。
桜花学園とBMTの抗争は始まりに過ぎなかった。
高校生の喧嘩が収束に向かうのを待っていたかのように市内全域に展開した警察勢力。
そして、長く霧浜の暗部に君臨し続けていた関東青円会。
真の霧浜二大勢力がぶつかったのだ。
史上稀に見る大喧嘩に疲弊した少年達は、初めて見る大人の本気に、ただ翻弄されるだけだった。
街の至る所で、パトカーのサイレンが響き渡る。
暴力的とも言える法の秩序の施行。
状況は一方的だった。
時間をかけて準備してきた警察の完全なる奇襲。
警察内に存在していた暴力団の息のかかった者たちは一人残らず駆逐されていた。
従って、暴力団関東青円会は、予期せぬ警察の大掃討作戦に為す術なく平伏していった。
そんな大混乱に陥る霧浜の街を満足げに闊歩する男がいる。
「……報告します。街の東から西にかけて青円会に関係すると思われる飲食店、企業、風俗店などは全て警官が調査に入り、数々の証拠物品を押収しています」
その報告に、傘を差した署長は満足そうに頷いた。
「順調だな」
署長はタバコに火を点けながら、目を細めた。
署長の目に映る景色。
雨の霧浜。
悪で溢れかえるこの街を浄化する。
今日、この手で。
「おい、イオリ! しっかりしろ!」
その時、道端で蹲る少年達に気づいた。
一人は負傷しているらしく、署長に付いていた警官が慌てて駆け出していく。
少年達は三人で、負傷した少年を生気の抜けたような表情をした別の少年が抱きかかえていた。
「ガキが……」
署長は侮蔑に満ちた表情で、少年達を一瞥する。
署長にとって少年達は、敵にすらなりえない存在だった。
ただ目の前を煩わしく飛ぶハエのようなものだ。
……不良なんぞ。
雨が勢いを増す。
まるで、今までの霧浜の汚れを洗い流すかのように。
頭の中が真っ白だった。
あれから、何が起きたのか理解できない。
気づけば、自分は父の経営する病院にいて。
目の前で、険しい顔をした父が警官と思しき男に深く頭を下げていた。
俺は、冷たい長椅子に腰掛けている。
ふと、天井の方で赤い光が見えた。
手術中という文字。
その文字に、眩暈を起こす。
一体、何が起きたのか。
体は、酷く気だるい。
カツ、カツという音が聞こえる。
誰かが、廊下を歩いて来る音。
なんとなく、音のする方へ顔を向けた。
そこには厳しい顔をした兄がいて。
「……ゴミが」
そう吐き捨てて、俺の横を兄が通りすぎていく。
俺は、何も言うことができなかった。
ただカラカラになった喉を詰まらせた。
白衣を着た兄は、手術中と書かれた部屋へと入っていく。
俺は、そんな兄の背中を見つめながら、目頭が熱くなるのを感じた。
「クソ……」
そして、俺は涙を流した。
自分が、情けなくて。
自分が、ダサすぎて。
目の端から流れる涙が。
ただ熱かった。