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『Scars 上』
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『Scars 上』-29

静寂が辺りを包んでいる。
霧浜駅前のメインストリートから外れた裏路地。
周りを高いビルで囲まれた都会のエアーポケット。
夜になり景色が闇に覆われてからは、危険を察知した普通の人々はここには近づかない。
ここは不良のたまり場と化すから。
いつもならば、ここには数人の不良たちがタムロし、その暗い青春を謳歌していた。
それなのに、今は静寂に包まれている。
裏路地の中心に停められた巨大なバイク。
そのバイクに背中を預けて、一人の少女が煙草をふかしている。
こんな殺伐とした場所には不釣合いなほど美しい少女。
少女の周りには、おびただしい数の不良たちが蹲っていた。
皆、苦悶の表情を浮かべて気を失っている。
そんな地獄絵図のような場所で煙草を吸う少女は、空を見上げていた。
高いビルの壁に囲まれた先にある長方形の形をした夜空。
そこに丁度切り取られたように、三日月が浮かんでいた。
一日の間で、わずか数時間だけ。
このコンクリートで仕切られたフォトフレームに収まる三日月。
そんな偶然の僥倖を見て、少女は目を細める。
「今日も、派手にやったな」
不意に聞こえてくる太い男の声。
少女がゆっくり振り返れば、筋肉の鎧を纏ったような大男が立っていた。
体の至る所に包帯を巻いた大男は、缶コーヒーを少女に向かって投げる。
煙草を咥えながら、それをキャッチする少女。
「ザコをどんなに倒しても意味なんてないわ」
どこか遠くを見つめながら言う少女に、大男は肩をすくめる。
ここ最近、少女の様子がおかしいことに、大男は気づいていた。
少女が何を求めているのかも。
しかし、少女の胸を占領するそれは、あまりにも危険で、邪悪だ。
アイツはやばい。
幾度か拳を交えた大男には、それがわかっていた。
少女と逆向きになるように、バイクに背を預ける大男。
大男の体重に、巨大なバイクが傾く。
「……街の様子が、おかしいな」
話題を逸らす様に、懐から煙草を取り出した大男が言う。
「この街がおかしいのは、今に始まった事じゃないわ」
「そうじゃなくてよ」
いつにも増してそっけない少女の態度に苦笑いしながらも、大男は口を開く。
「異様な熱気を放ってるんだよ。街全体が」
ジッポライターを開く金属質の音を響かせながら。
「何かが起こるのを待ちわびてるみたいにな」
煙草に火をつけた大男は、少女と同じく遠くを見つめた。
「何それ」
「なんだろうな」
大男は、感じているのだ。
この街を揺るがす何かが、起ころうとしているのを。


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