『Scars 上』-28
青く澄み渡った空。
気だるい午後。
能天気なビーチパラソルの下。
ソファに腰かけて、足を組みながら。
「はあ」
俺は深いため息をついた。
「どうしたの、イオリ?」
横に座って、雑誌を読んでいたマツリが俺の顔を覗き込んでくる。
「なんでもない」
昨日の事が、頭から離れなかった。
正確には、アスカの事が。
「はあ」
再び、ため息が漏れる。
どうしてしまったのだろうか、俺は。
目を閉じれば、瞼の裏にしっかりとあの女が最後に見せた笑顔が焼きついていた。
「ホントにどうしたのよう? ……キスしてあげようか? 元気が出るように」
「なんでそうなる」
にじり寄ってくるマツリを押しのけながら、俺は扇を開いた。
暑くもないのに、顔を数回扇ぐ。
「ナンパでもして気分転換しようぜ!」
豪快に笑いながら、ユウジは勢い良く俺の肩を叩く。
「女にやられた奴は黙ってろ」
そう言った瞬間、ユウジの笑みは凍りつき、額にびっしりと脂汗が浮かんだ。
そのすぐ横で、いつものように壁に背をもたれさせてかっこつけるレイがいた。
レイもユウジと同じように、額に汗を浮かべている。
照りつける日光を遮るように、扇を翳す。
今日は、青地に舞う蝶の柄。
……何をやっているんだ、俺は。
俺には、他にやるべきことがあるだろう。
もっと刺激的なものが。
「……ニワトリ」
「はっ」
ニワトリが俺の前に駆けて来る。
「例の件、調べはついたか?」
「それが、どう辿ってもBMTのトップの顔は見えてきませんでした」
縮こまるニワトリを眺めながら、俺は扇を弄ぶ。
……ニワトリでも正体を掴めないとはな。
「鮫島は?」
BMTの元に潜伏しているという、桜花学園のかつての頭の名前。
「鮫島の居場所は掴めたんですが、鮫島もトップには会った事はないようです」
「ふむ……」
俺は手元の扇に目を落として考え込む。
「ああ、やっぱりイオリってかっこいい!!」
なんで俺が頭を働かせようとする度に、邪魔をするのか。
まとわりついてくるマツリを無言で押しのけた。
桜花の全兵力を動員しても、尚BMTの戦力には及ばない。
ならば、奇策を用いるしかないのだが。
頭を潰そうにも、その頭の顔が見えてこないとは……。
まあ、やり方はあるのだが。
「今までで一番、派手な喧嘩をやるか」
扇を開いて、俺は立ち上がる。
「ニワトリ、うちの全兵力をかき集めろ。編成は俺がやる」
「了解です」
小気味よい返事を返すニワトリ。
「マツリ、女も集めるんだ。広く戦況を報告する人数がいる」
「イオリが言えば、誰でも集まるだろうけど……」
なぜか不満そうなマツリは渋々ケータイを開いた。
「レイ、ユウジ。戦闘指揮は任せるぞ」
「はいよ」
「……」
軽々しく頷くレイに、無言を反すユウジ。
ユウジは乗り気ではないらしい。
まったく、うちのナンバースリーのくせになんで喧嘩嫌いなんだか。
「獲りに行くぜ。この街を」
頭脳が音を立てて回転していく。
ちょうどいい暇つぶしだ。
アスカにかき混ぜられた胸の疼きを忘れるために。
俺は、未曾有の大喧嘩を始めようとしていた。