『Scars 上』-25
「そろそろ決めるわよ?」
……絵になるのだ。
その仕草が、可憐で、優雅で。
「……ユウジのこと言えないか」
誰にも聞こえない、小さな声で呟いた。
上段に構えたアスカがじりじりと間合いを詰めてくる。
息を静かに吸い込みながら、真剣な眼差しで。
それに答えるように構えながら、俺は反省する。
今まで、何度かチャンスはあった。
確かに、アスカは強い。
しかし、その動作はどれも派手で。
綻びは見えていたのだ。
それなのに――。
「ヤアアアアアア!」
気合と共に、木刀を振り下ろすアスカ。
それを大きく跳んでかわす。
……今だって、最小限の動きでかわせば反撃できるのに。
なんとなく、わかってはいた。
俺は――。
「……私ね」
木刀を激しく地面に打ちつけたアスカが口を開く。
「あんたみたいに、強いヤツ好きよ」
俺は、この女との喧嘩を楽しい、と感じているのか。
この時間を終わらせたくない、と。
だけど。
「勝ったときの喜びが倍になるから!」
地面を蹴るアスカ。
木刀を突き出して。
気持ちよいくらいにまっすぐな突き。
「……」
しかし、俺の頭はひどく冷静だった。
体が自然と動いてしまう。
アスカの動きが細切れに見て取れる。
木刀と向き合うように、腰を落とす。
集中。
感覚が全て、目に集中していく。
眼前に迫る木刀。
静かに。
拳の甲を、添える様に木刀に宛てる。
わずかに軌道を変える木刀。
驚きの表情を見せるアスカ。
俺の頬の数ミリ横を、木刀が通り過ぎていく。
どんどん近づいてくるアスカの顔面。
それを待ち構えるように、俺の利き腕が力を溜めている。
アスカの美しい顔が、恐怖に引きつっていく。
ああ。
これで、終わってしまう。
胸に去来する感覚。
寂しさと、せつなさと
。
「アスカあ!」
「!!」
不意に消え去るアスカ。
次いで聞こえてくる、耳を劈く爆音。
息を吹き返したバイク。
バイクを操る獣のような男。
その太い腕にアスカを抱えて。
シバが掻っ攫うように、アスカを奪っていく。
俺の脇を走り抜けていくバイク。
先ほどの焼き増しを見ているようだ。
見事な救出劇。
「……あの野郎、生きてやがったか」
地面に置き去りにされた木刀。
突然の出来事に呆然とする部下達。
野獣にさらわれたアスカは、どんどん離れていく俺を見て。
アスカの口角が上がっていく。
それは。
「……あいつ」
とんでもなく魅力的な笑みだった。
次は負けない、とでも言いたげな笑み。
「だったら、もっと憎たらしい顔しろよな」
複雑な気持ちで、バイクを見送る。
してやられたのに、なんだ。
この爽快感は。